ユウとトリスタンの話
首尾良くジャッキーを城外神殿に送り届けたユウとトリスタンは再び生活費を稼ぐ日々に戻った。相変わらず下水路網の巡回を続ける日々であるが、最近トリスタンの表情が少し明るい。
いつものように検問所を通過して後、後方を歩くユウがトリスタンに声をかける。
「トリスタン、昨日今日って笑顔のときが増えているような気がするんだけど、何か良いことでもあったの?」
「やっぱりわかるかい? 最近少しずつ蓄えが増えて来ているから嬉しいのさ」
「ジャッキーを迎えに行ったこと以外はひたすら巡回していたもんね」
「余計な出費もないし、収入の取りっぱぐれもない。地味だが安定した日々って素晴らしいね。当分このままでいたいよ」
「平穏な日々というのは僕も賛成なんだけど、毎日下水路の中に入るのはなぁ。鼻が馬鹿になってもうわからないけど、きっと体にも臭いが染みついているよ、これ」
「それは後で洗って落とすしかないな」
「これ簡単には落ちないでしょ」
「そうなると香水を振りかけて誤魔化すしかないな」
「あの町の女の人がするやつ? なるほど」
町の中ですれ違った女性のことをユウは思い返した。臭いを落とせないのなら誤魔化せば良いという発想は一考の価値がある。
このように、それまでの追われるような生活から一転してのんびりとした活動をしているのには理由があった。
偽装工作をしてジャッキーを城外神殿に連れて行って以来、ユウとトリスタンは密輸組織には関わっていない。密輸の一団を監視する役目もウィンストンの仲間に引き継いでいた。そのため、一見すると
しかし、実際にはエリオットとウィンストンの話し合いにより、2人は密輸組織摘発のために城外神殿が提供する戦力という扱いになっていた。2人のこれまでの実績により、城外神殿が密輸に関わっていないことを示す証とされたわけだ。2人も既に関わっていることなので承知した。
他にも、密輸組織を取り押さえるときの戦力として純粋に当てにされているという面もある。今回は冒険者ギルドの中が信用できないので、確実に信頼できる冒険者は貴重なのだ。
その結果、密輸組織からそれぞれの存在を隠すために3者は接触を控えている。城外神殿は密輸に関わっていないことを示すためであり、ウィンストンは内通者の目から2人を隠すためであり、ユウたちは身の危険を避けるためだ。緊急のとき以外は間接的な方法で連絡することになっている。
様々な理由から、ユウとトリスタンは表面上平穏な日常を過ごしていた。
ある日、ユウとトリスタンが下水路の中で休憩しているときのことだ。先に干し肉を食べ終わったトリスタンがユウに若干迷いのある顔を向ける。
「ユウ、前から気になっていたことがあるんだが、聞いてもいいか?」
「なに?」
「お前、戦うときのかけ声で叫ぶだろう? あれ、どうして悲鳴みたいな声なんだ? ほら、あああって叫んでるだろう?」
問われたユウは固まった。次いで戸惑う。確かに叫んでいた。自覚もある。しかし、なぜ質問されるのかがわからなかった。
しばらく黙っていたユウは窺うように口を開く。
「元は確か、冒険者になる前に獣と対決することになったときの叫び声だったと思う。そのときは装備なんてろくになくて、戦い方もほとんど知らなかったから、怖くて叫んでいたかな。これが始まりで、それ以来、癖みたいになっているんだ」
「なるほど、そいうことか。てっきり何か意味があるのかなって思っていたんだが」
「原因はあるよ。ただ、意味があるのかと言われるとわかんないけど。もしかして、変かな?」
「変わっているのは確かだな。それとも、ユウの故郷だとそれが普通なのか?」
「うっ、僕だけかもしれない」
「やっぱり珍しいんだな。初めて聞いたときに驚いたんだよ、なんだこいつって」
「そ、そのとき言ってくれたら良かったのに」
「あのときはまだ組んだばっかりだったから、踏み込んで聞けなかったんだよ。あそこでやっぱり解消するって言われたら俺はかなり困っていたし」
「あのときは僕も1人に戻るのはまずかったから解消はなかったと思う」
そこで一旦会話が途切れた。何とも言えない静寂が下水路内を覆う。その間、ユウはもそもそと干し肉を食べた。
水袋を口に付けて一息ついたユウがぽつりと漏らす。
「あの声、直した方がいいのかな?」
「直せるものなのか? さっき癖って言っていただろう」
「そうなんだけど、頑張ったら直せるかもしれないじゃない」
「だったら直したらいいんじゃないのか。これからも質問されると思うぞ」
「そっかぁ。うん、これからは気を付けるよ。できるだけ」
今まで気にしたことがなかったことを指摘されたユウは内心終始動揺していた。別に悪いことではないのだが、他人から言われると気になってくる。
少しずつ直せたら良いなとユウは思いながら残りの干し肉を口に入れた。
ある日、仕事を終えて毎日通う安酒場でのことだ。ユウとトリスタンはいつも一緒に夕食を食べていた。2人だけなのでカウンター席に座って隣り合う形である。
話す内容は仕事であった出来事やとりとめもない雑談だ。1日の大半を下水路の中で過ごしているので新しい話題はあまりないが、過去の話であればどちらも語れる。まだ出会って日が浅いため、話のネタはそこそこあった。
いくつかの話題を経た後、何かを思い出したかのような顔をしたユウがトリスタンに話しかける。
「そういえば、トリスタンの親って詐欺の片棒を担いだって言っていたよね。どんなことやったの?」
「カネを出してくれたら倍にして返すってやつなんだ。よくある話さ」
「あー、聞いたことある。ああいうのって、本当に倍になって返ってくることってあるの?」
「ないから詐欺っていうんじゃないか」
「なるほど。でもなんでそんなことしたの? 確か法衣貴族だったんだよね。領主様に仕えていたらたくさんお金がもらえるんじゃないの?」
「浪費家だったんだよ。どっちも。しょっちゅう服や宝石を買って、毎日のようにパーティに行っていたんだ。そんなことをしていたら、いくらカネがあっても足りなくなるのは当たり前だよな」
「うん、まぁそうだよね」
そもそも貴族の生活を知らないユウはトリスタンの言葉に曖昧にうなずいた。街の中の生活といえば、小さい商店の生活がせいぜいなので仕方ない。
「それで、普通ならそこでカネが足りなくなったらまず借金をするものなんだけど、なぜか俺の親は詐欺に手を出したんだ。詳しい話は俺も聞いていないが、友人から紹介された商人が相手だったらしい」
「でも、トリスタンの親は具体的に何をしたの?」
「自分の知り合いに片っ端から声をかけまくったんだ。ほとんどは相手にされなかったらしいけど、あんな親でも信じた人がいたらしい。何人かは俺の親にカネを渡してしまったんだ」
「それで返ってこなかったんだ」
「ああ。自分のカネも一緒にまとめて商人に渡したら、そのまま行方をくらませたそうだ。その後が大変だった。みんな俺の家に来て金を返せって騒ぎ立てたんだよ。自分も被害者だって言い返していたのを聞いたことがあるけど、子供の俺ですらその言い訳は無理だろうって思ったね。当然、相手は更に怒ったよ」
「それで財産を全部処分したんだ」
「その通り。財産を処分した金額と騙した貴族への補償の金額が大体同じだったのは奇跡的だって思ったね。その後は前には話した通り、城内に居づらくなったから外に出たんだ。あのときは城内のどこに行っても親の話を知らない奴がいなかったなぁ。そのせいで働き口すら見つからなかったよ」
「そういえば、トリスタンの親はその後どうしたの?」
「自殺した。遺書があったから読んでみたら、贅沢ができないなら生きている意味がないって書いてあったんだ。俺に対しては一言、強く生きろ、だとさ」
「うわぁ」
乾いた笑いを顔に浮かべるトリスタンを見てユウは呆然とした。ユウの親も子供を売っていたが、あれは生活が苦しくて仕方なくだ。あまりにも違う考え方と生き方に目眩がする。
「以来、下水路に入ってひたすら生活費を稼ぐ毎日だったわけだが、その末に先月ユウと出会ったわけだ」
「思った以上に重い話だったなぁ」
「ろくでもない親の話でまともなやつなんてないよ。そうだ、次はユウの親の話を聞かせてくれよ」
「え、僕の親? どこにでもいるような開拓村の村人だよ?」
突然話を振られたユウは目をぱちくりとさせた。たった今トリスタンの親の話を聞いた以上、拒否はできない。なので、どこから話そうかと考える。
木製のジョッキを傾けて一息ついてから、ユウは自分の家族のことについて話し始めた。
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