王都までの移動手段

 10月の最終日が終わりつつあった。周囲はすっかり秋模様であるが、日が沈んでしまえば季節を実感できるのは秋風の涼しさだけである。


 この日、ユウはウィンストンとの魔窟ダンジョン巡回を終えた。振り返ってみると、ほとんど老職員の後をついて行くだけで難しいことはやっていない。


 先日ユウが買った新しい槌矛メイスにはかなり慣れた。十全に扱えるほどではないものの、とりあえず戦えるという自信はつく。ちなみに、持っていた丸盾ラウンドシールドは最終日に豚鬼オークの棍棒で破砕された。かなり傷んでいたのでだましだまし使っていたがついに最期のときを迎えてしまったのだ。


 ともかく、これでユウの終わりなき魔窟エンドレスダンジョンでの活動は終わった。換金所を出たユウが北へと顔を向けると入口が見える。多くの冒険者が今も出入りしていた。もうここに入ることはないだろうと思うと多少感傷的になる。


「ウィンストンさん、終わりました」


「それじゃ行くか」


 いつもと変わりなくユウはウィンストンの後を歩いた。門をくぐって冒険者ギルド城外支所に入る。明かりのある室内に入ったことで心が落ち着いた。


 往来の少ない室内の隅に移った2人は向き直る。


「やっと終わったな。ユウ、世話になった。これが今日の日当だ」


「ありがとうございます。確認しました。これで終わったんですよねぇ。あ~、何と言うか、終わったなぁ」


「なんだそりゃ。ともかく、これで儂もお前さんも晴れて自由の身ってわけだ」


「ウィンストンさんは王都に用事があるんじゃなかったですか?」


「嫌なことを思い出させるなよ。今くらいいいじゃねぇか」


「覚えているんでしたらいいんですけどね」


「ユウはこれからどうするんだ?」


「受付カウンターに行きます。それで明日以降で町の外に出られる仕事を探そうかなと」


「まだ決めてなかったのか?」


「何日か前からいくつか見繕ってはいたんです。ただ、もっと良いのが出てこないかなと思ってちょっと待っていたんですよ。別に明日必ず出発しないといけないわけではないですし」


「そうなのか。ほほう」


「どうしたんですか?」


「ユウ、お前さん、この町を出るとして、どこか行く当てがあるのか?」


「あるわけないですよ。僕は転移でこの町に来たんですから、地続きの場所なんて行ったことない場所ばっかりですし」


「そうだったな。だったら、もしかしたら相乗りさせてやれるかもしれん」


「何にですか?」


「儂が王都に行くときの荷馬車にだよ。今から話を付けに行くから実際にどうなるかはわからんがな。ともかく、駄目だったときのことを考えてお前さんは今まで通り依頼を探しておいてくれ。ただし、儂が来るまで決めるなよ」


「はい、わかりました」


 言い終えたウィンストンが去って行くのをユウはぼんやりと見送った。行き先は特に決めていないが、移動手段を提供してもらえるのならば拒否する理由はない。


 老職員の姿が見えなくなったところでユウは受付カウンターに続く列の最後尾に並んだ。明日からの予定はあってないようなものなのでのんびりと待つ。


 自分の順番が巡ってくるとユウは受付カウンターの前に立った。そして、目の前にいる受付係に声をかける。


「トビーさん、こんばんは」


「よう、確か今日で爺さんとの仕事は終わりなんだよな。そうなると、いよいよどの依頼にするか決めるのか」


「そうですね。あれから新しい依頼は届いています?」


「依頼自体は毎日届いてるが、相変わらず相手の条件とお前さんが一致しないな。普通はパーティ単位で引き受けるものだから」


「前からそれは聞いていますけど、結構厳しいなぁ。欠員募集の依頼くらいしかないなんて」


「ちなみに、昨日より1件減ったからな。荷馬車の護衛のやつ。お前さんがいいって言ってたやつだ」


「え! あれなくなっちゃったんですか。まぁこんな風にいつまでも待っていたら仕方ないんでしょうけど」


「もういっそのこと歩いて行ったらどうだ? ここから王都までなら比較的安全だし、不可能じゃないぞ」


「そんなこと言ったらどんな危険な道でも不可能じゃなくなりますよ。戦えない人たちと固まって移動するのって結構大変なんですからね」


「なんだ、経験あるのか?」


「ありますよ。何度か盗賊に襲われて死にかけましたし」


「だから護衛の仕事にこだわってたのか。しかし、そうは言ってもなぁ」


 受付カウンターを挟んでいよいよ2人で悩み始めたユウとトビーだったが、それは中断することになった。ウィンストンがトビーの背後にやって来たからだ。


 目を丸くするトビーをよそにウィンストンがユウに話しかける。


「ユウ、さっきの荷馬車の話だがな、お前さんも乗せてもいいそうだ」


「本当ですか。良かった。思うような依頼がなかったんで助かりました」


「ただし、お前さんは乗せるだけだ。水と飯は自前で用意しなきゃいけねぇ」


「構わないです。ここから何日くらいかかるんですか?」


「1週間も見ときゃ充分だ」


「それくらいなら持てるから平気かな。アディ鉄貨ってこの町以外でも使えるんですか?」


「王都までの街道上なら使えるぞ。ただし、王都だと使えねぇがな」


「わかりました」


「出発は3日後、三の刻の鐘が鳴る頃にこの建物の裏側から出発する。遅れるなよ」


「随分と変わった所から出発するんですね」


「冒険者ギルドの荷物を運ぶための不定期の荷馬車だからな。裏口から荷物を入れるんだ」


「なるほど」


 疑問が氷解したユウはうなずいた。とりあえず王都まで送ってもらえるのならば文句はない。


 用件を伝え終わったウィンストンは踵を返して奥へと去っていった。後にはユウとトビーが残される。


「えーっと、トビーさん、ということで今決まりました」


「良かったな。次のヤツに順番を代わってやってくれないか?」


「はい、ありがとうございました」


 いささか憮然とした様子のトビーの前からユウは退いた。そういえばウィンストンからの話を伝え忘れていたことを今になって思い出す。何となくばつが悪かった。


 そのまま城外支所の建物から退散しようとしたユウだったが、受付カウンターの南端にある階段あたりで見覚えのある姿を目にする。ちょうど降りてきたところに近づいた。相手が気付くよりも早く声をかける。


「ハリソン!」


「ユウか! しばらく見なかったな」


「2階から降りてきたみたいだけど、何をしていたの?」


「地図を描いていたんだよ。最近の魔窟ダンジョンはよく地形が変化するだろう。だから毎日資料室に通って確認してるんだ」


「そっか、大変だねぇ」


「おいおい、人ごとのように言うが、ユウも同じだろう。地図と地形が違ったら迷子になっちまうぞ」


 呆れた様子のハリソンを見てユウは一瞬言葉を飲んだ。しかし、すぐに口を開く。


「実はね、僕、3日後にこの町を出るんだ」


「なに? この町を出ていくのか? 何があったんだ?」


「何があったっていうんじゃなくて、元々僕は世界のいろんな所を見て回りたくて旅をしていたんだ。それで、色々と考えた末にそれを再開しようと思ってね」


「そうなのか。いやしかし、驚いたな。ユウが出て行くなんて考えもしていなかったぞ」


「最初はもっと長くいてもいいかなって思っていたんだけど、1人のときが長く続いていたから、これはもう出て行くときなのかなって思えちゃったんだ」


「なるほどな。ところで、このことは他に誰か伝えたのか?」


「もう大体みんなに伝えたかなぁ。ケネスとジュードには魔窟ダンジョン内で言ったし、アントンたちにもたまたま出会ったときに伝えたし、他の知り合いにもほとんど言ったかな。一部の人を除いたら、ハリソンはほとんど最後だと思う」


「そうか、アントンたちにも言ってたのか」


 そこでハリソンは黙った。考え込むそぶりを見せる。ユウはじっと待った。


 一旦ユウから目を逸らしていたハリソンは再び目を合わせてから口を開く。


「だったら、最後に送別会でも開こうか。何にもしてやらないというのは少し寂しいしな」


「本当に? それは嬉しいよ。でも、誰を呼ぶの?」


「キャロルとボビーだな。同じパーティだからすぐに声をかけられる」


「そっか。でも、ハリソンたちの休みの日っていつなの?」


「休みは3日後だから間に合わないな。そうなると魔窟ダンジョンに入ってる日しかない」


「それじゃ明日あたり?」


「だな。出発前日に深酒はきついだろう」


 苦笑いをしたユウが首肯した。さすがに最後の最後で寝坊は避けたい。


 ハリソンが最後に提案をまとめる。


「決まりだな。なら、明日の六の刻の鐘が鳴る頃に酒場『青銅の料理皿亭』で集合だ」


「わかったよ。その頃に行くね」


「ああ。派手に送り出してやるぞ」


 元仲間の笑顔に釣られてユウも笑った。最後に良い思い出を得られそうである。


 約束を交わしたユウとハリソンはその後少し雑談してからその場で別れた。

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