勢いのある新人たち

 魔窟ダンジョンの巡回を始めて4日目の朝、ユウは今日も冒険者ギルド城外支所の裏側でウィンストンと合流した。この頃になると巡回にも慣れてきて余計な緊張感はない。


 修練場から冒険者の道へ向かう途中でユウはウィンストンに話しかけられる。


「最近すっかり慣れたみたいだが、槌矛メイスの方はどうだ?」


「やっと手に馴染んできた感じです。ただ、前のより重いですから、どうしても一呼吸振るのが遅れちゃいますけど」


「それは筋力を上げるしかねぇな。腕を鍛えて肉を山のように食えば何とかなるぞ」


「だったらそのうち前のように使えるようになるかな。毎日素振りはしていますし、肉の盛り合わせを1皿食べてますから」


「もう1皿追加しておけ」


「無理ですよ! 僕の胃袋はそこまで膨らみませんって!」


 黒パンとスープとエールを控えればあるいはと一瞬思ったユウはかぶりを振った。食事は食事で楽しむべきなのだ。数少ない楽しみの1つなのだから。


 しかし、そんなユウにウィンストンが呆れた顔を見せる。


「なんで1食で全部食おうとするんだ。昼飯と晩飯の両方で食えばいいじゃねぇか」


「あ。いやでもお金が」


「今のお前さんは懐が温けぇんだろ? なら今のうちに自分の体にカネをかけとけ。そいつぁ後で必ず役に立つ。身の回りの装備だけじゃねぇんだぞ、カネをかけるのは」


「なるほど」


「今のように1日中魔窟ダンジョンに入ってるときはしょうがねぇが、休みの日なんかは酒で肉を飲み込んどくんだ。お前さん、女も博打もしねぇんだから、そこに多少のカネを突っ込んでも大丈夫だぞ」


 いつの間にか槌矛メイスの話から食事の話に移っていることにユウは戸惑いを覚えた。それでも、納得できることだったのでウィンストンに向かってうなずく。


 雑談をしながら話をしていると2人は冒険者の道へと出た。巡回初日のように周囲の冒険者たちがウィンストンを畏怖の目で見ることはほとんどなくなったが、それでも何人かからは驚きの眼差しを向けられている。


 しかし、今日はいつもとは違った。道の真ん中で背後から声をかけられる。


「ユウじゃねぇか!」


「アントン。他のみんなも。今から魔窟ダンジョンに入るんだ」


「そうだぜ。今日もみんなでガッツリ稼ぐんだ!」


「うわぁ、久しぶりだねぇ」


「その隣の爺さんは誰なんだい?」


「大きな剣を持ってるね」


 立ち止まったユウが振り向くと先月に独り立ちした熱い魂ホットソウルの4人、アントン、バイロン、コリー、ドルーが立っていた。全員が剣、盾、鎧を身につけている。


 4人に一斉に話しかけられたユウは一瞬戸惑ったがすぐに立ち直った。まずは隣の老職員を紹介する。


「隣の人は冒険者ギルドの職員のウィンストンさんだよ。とっても強いんだ。何しろ3階でも戦えるからね。僕たちとは全然違うんだ」


「おお、確かに見た目が強そうだよな。3階かぁ。すげぇなぁ」


「今のぼくたちだと4人がかりでも勝てそうにないねぇ」


「はっはっは、お前さんたちも鍛えてりゃ、そのうち強くなれる。それより、道の端に寄ろう。往来の邪魔だ」


 紹介されたウィンストンの言葉に従ってユウたちは冒険者の道から外れた。すると、次いでアントンが声を上げる。


「オレはアントン。この4人で熱い魂ホットソウルってパーティを組んでて、そのリーダーをしてるんだ!」


「ぼくはバイロンです。えっと、食べることが大好きなんですよぉ」


「俺はコリー。このパーティで罠の解除を担当している。戦いでも身軽さが身上さ」


「ボクはドルー。このパーティで地図を描いてるんですよね」


 4人の自己紹介を聞いていたウィンストンが笑顔でうなずいた。そのままユウへと顔を向ける。


「お前さんがもう1人と育ててたパーティってのはこいつらだったな。元気じゃねぇか」


「そうですよ。なかなか大変でした。それで、今みんなはどのくらいまで進めてるの?」


「よくぞ聞いてくれたな! オレたちはあれから1階東側の大部屋を自分たちだけで攻略したんだぜ!」


「あ、できたんだ。おめでとう。ということは、そろそろ2階で活動してるのかな」


「2階の東側にも何度か行ったことがあるぜ。数が多くて結構大変だった。けど、最近は何とか逃げずにそのまま倒せるようになってきたんだよ」


「ということは、これから本格的に稼ぐんだね」


「その通り! 今から楽しみでしょうがねぇぜ!」


 楽しそうにしゃべるアントンの話にユウは嬉しそうにうなずいた。育てたパーティが順調に成長しているのを知って機嫌が良くなる。


 その2人の間にコリーが割って入ってきた。ユウに向かって尋ねてくる。


「ところで、ユウは今何をしているのかな? この前ハリソンに聞いたら冒険者ギルドの指名依頼を受けてるって聞いたけど」


「あー、今も冒険者ギルドの依頼はしているんだけど、そのハリソンが言っている仕事とは別のことをしているんだ」


「へぇ、どんな仕事をしてるのさ?」


「今は魔窟ダンジョン内の巡回だよ。ほら、最近中の構造がよく変わるでしょ。あれで困ったパーティを助ける仕事なんだ」


「なるほど、それはなんだかユウらしいね」


 脇で話を聞いていたドルーがが何度も首を縦に振っていた。


 そこでアントンが再び口を挟んでくる。


「でも、その仕事っていつまでもするんじゃないだろ? どのくらい続けるんだ?」


「今月いっぱいだよ。それは最初から決まっていたんだ」


「ということは、来月からまたどっかのパーティに入って稼ぐのか」


「いや、もう魔窟ダンジョンには入らない。来月にはこの町を出るんだ」


「ええ!? マジで!?」


 ユウの言葉を聞いた4人は目を剥いた。それほど予想外のことだったらしい。あまりの驚きっぷりにユウも少し目を見開いたくらいだ。


 今度はコリーが疑問を口にする。


「でもなんで町を出るのさ? ユウならここでいくらでも稼げるのにさ」


「僕は元々世界のいろんな所を見て回りたくて旅をしていたんだ。たまたまこの町にたどり着いたときに路銀がなくなってしばらく魔窟ダンジョンで稼いでいたけど、蓄えが充分に貯まったからまた旅を再開することにしたんだよ」


「そうだったんだ。よその町から来たことは知ってたけど、また旅を始めるつもりだったなんて知らなかったよ。まぁでも、それならしょうがないさ」


 明らかにがっかりしている4人を見てユウは少し苦笑いした。ずっと地元にいてその関係だけだと人間関係の変化も少ない。その分だけ別れ1つずつが大きい出来事なのだろうと推測する。しかし、いずれ慣れることだ。


 その場の雰囲気が暗くなる中、ユウはアントンに話しかける。


「そういえば、みんなはハリソンとは今でも会っているのかな?」


「会ってるぜ。たまに飲みに行って色々話をしてるんだ」


「飲みに行っているんだ。あの貧民の歓楽街の方に?」


「いや、冒険者の歓楽街の方だぜ。オレたち、来月から冒険者の宿屋街の方に移るから酒場だけ先にそっちに行ってるんだよ」


「なんでまた?」


「装備の更新が一段落した後に、ハリソンに1度連れて行ってもらったことがあるんだ。そしたら、同じ安酒場のはずなのに貧民の歓楽街よりずっと飯も酒も旨くて驚いたんだよ。それからはできるだけあっちで食べるようにしてるんだ」


 話を聞いていたユウが微妙な表情を浮かべた。そしてちらりとウィンストンを見る。声にこそ出さないが全身で笑っていた。かつて聞いた話が正に目の前で行われているのだ。


 そこに再びコリーが話に加わってくる。


「特にバイロンがうるさくて仕方ないのさ。ユウもバイロンの食欲を知ってるだろう?」


「なるほど」


「ぼくだけのせいにするのは良くないよ。みんなだってあっちの方のご飯がおいしいって言ってるじゃないかぁ」


「確かにそうだけど、魔窟ダンジョンから出る度にあっちへ誘うのは誰なのさ?」


「そ、それはぁ」


「装備の更新が終わってからで良かった。でないと全部食べ物に代わるところだったね」


 肩をすくめたドルーが首を横に振った。


 そんなユウたち5人の様子を見ていたウィンストンが全員に声をかける。


「さて、おしゃべりはそろそろお終いにしようか。今日もガッツリ稼ぐんだろ?」


「そうだった! じゃぁな、ユウ! 元気でやれよ!」


「食べ物には気を付けてねぇ」


「ユウなら何とかやっていけるだろうさ」


「ボクたちの先輩だもんねぇ」


 最後は明るく手を振ったアントンを先頭に熱い魂ホットソウルの面々は冒険者の道へと戻っていった。そうして他の冒険者に紛れて見えなくなる。


「さて、儂らもそろそろ行くか」


「そうですね。今日はどこの3階に行きます?」


「そうだなぁ。ちょいと奥の方へと行くか」


「みんな段々と調子を取り戻してきていますもんね」


 ようやく歩き始めたユウとウィンストンはしゃべりながら魔窟ダンジョンの入口を目指した。周囲の冒険者たちと一緒に奥の通路へと入ってゆく。


 その光景はいつもの日常と何も変わらなかった。

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