最近会っていなかった知り合い

 来月にはアディの町を出て旅を再開すると決めたユウはそのための準備を始めた直後、職員であるウィンストンに求められて魔窟ダンジョンの巡回をすることになる。魔窟ダンジョンの変化が収まらない現在、冒険者が帰還できない危険を減らすためだ。


 久しぶりに元仲間と会った翌日、ユウは巡回2日目も無事に終えた。相変わらず全金属製の槌矛メイスの扱いに苦慮しているが、ひたすら戦って慣れるしかない。


 1日が終わり、ウィンストンと門で別れたユウは一旦宿に戻って荷物を置いた。それから冒険者の歓楽街に繰り出す。この頃になると六の刻の鐘を待たずに日没となるため、松明たいまつ篝火かがりびが頼りだ。向かった先は馴染みの酒場『青銅の料理皿亭』である。


 店内に入ると今日も盛況でテーブルもカウンターもほぼ満席だ。1人のユウはカウンターの空いている席に目を向ける。すると、見知った背中を見つけた。近寄ると声をかける。


「サンディ、久しぶりですね」


「ああ、ユウか。しばらく見なかったなぁ。お前ちゃんと稼いでるか?」


「それなりに。隣に座りますね」


「いいよ。あ、ヴェラちゃ、あ~あっちに行ったかぁ」


「注文なら誰でもいいじゃないですか。あの、エールに黒パン3つ、スープ、肉の盛り合わせをください。お代はこれです」


 通りかかった別の給仕女に注文したユウはサンディに向き直った。知り合いの目の前には木製のジョッキと肉の盛り合わせの皿が置いてある。


「サンディってまだヴェラのこと諦めていないんですか?」


「諦めようとは思ってるんだが、あのケツを見るとどうしても思いが溢れてな」


「せめて顔にすればいいのに」


「ああ、なんであんなにたまんねぇんだろうなぁ」


「他の女の人には目を向けないんですか? 他のお店の人とか」


「何度か試してみたんだけど、どうにもなぁ」


「もう重傷だなぁこの人」


 届けられたばかりの木製のジョッキを手にしたユウがそれを呷った。次いで豚肉の薄切りを摘まんで口に入れる。


「まぁ、ヴェラのことはいいとして、サンディのパーティは最近どうしているんですか? ほら、魔窟ダンジョンが大変なことになっているでしょう」


「何とかやってるよ。地図の作り直しで稼ぎの効率が落ちてるが、それでも他に比べたらずっといい方だろうな」


「他はもっとひどいんですか?」


「そりゃあれだけのことがあったらな。最初は地図の書き間違いや勘違いだと思ってたら、魔窟ダンジョンの中が変わってるだなんて。そりゃみんな混乱する。一時期帰ってこないパーティが増えたけど、あれのせいで死んじまった奴も絶対にいるはずだ」


「広めに地図を描いていれば何とかなると思うんですけど、そうでもないんですか?」


「ユウはたぶん真面目に地図を描いてるからそう思うんだよ。他のいい加減なところなんて、どうせ同じ所にいくんだからって大雑把にしか描いてないパーティも結構あるんだ」


「記憶を補強するメモ書きみたいな感じですか」


「そうだよ。まだ真面目に描いてる方のオレたちだってちょっと危なかったりしたからな。他は大体予想できるだろ?」


 問われたユウは渋い表情をした。思った以上に地図を疎かにしているパーティが多くて驚く。


「それで今までよく魔窟ダンジョンで活動できましたね。あそこって似たような構造が多いから間違うと混乱すると思うんですけど」


「例えば、ある程度慣れて記憶を頼りに活動して粋がる奴、完全に日常の作業っていう感覚になってしまって惰性で活動してる奴、他にも楽して稼げるもんだから舐めてる奴とか、そんな連中も意外と多いんだ。1つ目は2階に上がったばかりのパーティにたまにいるし、2つ目と3つ目は1階の連中に多いって聞いたことがある」


「なるほど、どうりで1階の混乱が収まらないわけだ」


「どうした? 何かあったのか?」


「今の僕、冒険者ギルドの手伝いで職員の人と一緒に魔窟ダンジョンを巡回しているんです」


「ああそれでか。お前も大変だなぁ」


 軽く首を横に振ったサンディが木製のジョッキに口を付けた。そこで首をかしげて動きを止める。


「いやちょっと待て。お前って確か大きな手ビッグハンズにいなかったか? なのにどうして冒険者ギルドの手伝いなんてしてるんだ」


「あれ? そっか、サンディとはしばらく会ってなかったから知らないんでしたっけ。大きな手ビッグハンズは夏に解散したんですよ」


「マジか! それじゃみんなどうしてるんだよ?」


「ケネスとジュードは赤い石レッドストーンに参加して3階で活動していますよ。ハリソンは一旦別れていたキャロルとボビーの頑丈な剣スターディソードに合流しました。それで、僕は今1人で冒険者ギルドの手伝いをしているんです」


「はー、めまぐるしいな。春に結成したと思ったら夏には解散かよ」


「僕ももっと長く活動すると思っていたんですけどね。元々寄せ集めみたいなところがありましたから」


「それにしたってなぁ。みんなうまくやってるのか?」


「ええ、やっていますよ。ケネスとジュードは望み通り3階で活動していますし、ハリソンたち3人は2階の方が性に合ってるっていうことですから」


「なるほどな。元々方向性が違ったのか。よく喧嘩別れせずにうまくやったもんだ」


「そこは凄いと思いますよ。みんな円満に別れていますからね」


 しゃべりながらちぎった黒パンでスープをかき混ぜていたユウはそれを口にした。更にはソーセージを摘まんで囓る。


 納得できる話が聞けたのかサンディも自分の皿から肉をいくつか摘まんだ。油の付いた指を舐めてからジョッキを呷る。


「で、ユウはどうなんだよ。お前は1人になっちまったんだろ?」


「僕は僕で悪くないですよ。大きな手ビッグハンズが解散して色々とありましたけど、結局本来の道に戻れましたし」


「本来の道? なんだそりゃ?」


「また旅に出ることにしたんですよ、僕」


「え、この町を出るのか!?」


「元々僕は世界のいろんな所を見て回りたくて故郷を出たんですよ。それで色々と回ってこの町にたどり着いたんですけど、路銀も貯まったからそろそろ旅を再開しようって決めたんです」


「そうかぁ、行っちまうのかぁ。いつ出るんだ?」


「今やっている仕事が今月いっぱいで終わるんで、来月ですね」


「今年の春先にやってきて秋に出ていくのか。早いな」


「旅に出てから一番長くいましたけどね、ここには」


 ナイフを取り出したユウは鶏肉を切って口に放り込んだ。あっさりとした油が口の中に広がる。


 そんなユウの様子を見ていたサンディが少し難しい顔をした。エールを一口飲んでから疑問を口にする。


「もし大きな手ビッグハンズが解散しなくてそのままだったら、ユウはどうしてたんだ? この時期に抜けてたのかよ?」


「そのときはしばらく大きな手ビッグハンズで活動していましたよ。夏に解散する直前は年単位でこの町にいるつもりでしたし」


「ということは、1人になったから思い出したって感じか」


「そうですね。あのパーティは割と居心地が良かったですし。自分から抜け出そうとは思わなかったなぁ」


「仲よさそうだったもんな、お前ら」


「サンディのところはこれからもずっとこの町にいるんですか?」


「さすがに引退して死ぬまでかどうかはわからんが、まだ何年かはいるつもりだよ。ああそうか、後から町にやって来たお前が先に出ていくことにちょっと驚いたんだ」


 自分の言葉で自分の感情に気付いたサンディが納得したようにうなずいた。それから牛肉のかけらを口に入れる。


「まぁ、僕には僕の都合があったということで」


「そうだな。あ、ヴェラちゃん! エールお代わり!」


「はーい。あら、珍しい組み合わせね。ユウと一緒なんて」


「さっきたまたま会ったんだよ。もうこれっきりだろうけど」


「どういうことよ?」


「こいつ、来月にはこの町を出るらしいんだ」


「まぁ、そうなの?」


 馴染みの給仕女から声をかけられたユウはうなずいた。口の中に食べ物を入れたばかりなので話せない。


「残念ね。馴染みのお客が1人いなくなっちゃうなんて」


「出発直前に水と干し肉をたくさん買う予定ですからね」


「最後までいいお客でいてくれて嬉しいわ。サンディもどっかに行くときは最後にたくさん買い物してよ」


「わかってるって。でも当分そんな予定はないかな。だからオレと」


「エールね。すぐに持ってきてあげるわ」


「あ、あぁ、行っちゃった」


 代金を受け取ったヴェラは足下まである若草色のチュニックワンピースを翻して去って行った。サンディがその後ろ姿を名残惜しそうに見つめる。


「ああ、いいケツしてんなぁ」


「そういうところが駄目なんじゃないかなぁ」


 未練たらしくヴェラの去った方を見ているサンディを一瞥したユウがつぶやいた。話し相手が立ち直るまでの間、目の前の料理を口に入れていく。


 その後も、ユウとサンディはとりとめもない話を続けた。たまにヴェラがやって来てその話に加わる。それはとても楽しいひとときであった。

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