眉をひそめる再会(前)
代行役人への報告が終わったユウはすぐさま城外神殿へと向かった。往来する人々に交ざって冒険者の道を南へと向かい、城外神殿へと入る。中はパオメラ教を信仰する人々であふれ返っていた。
アグリム神の祭壇がある祈祷室で信者の1人に声をかけたユウはオーウェンを呼び出してもらう。すぐさまやって来た
「オーウェンさん、昨日貧民街の西部で聞き取りをしたんですけど、フードを被った信者について新しい話が出てきました」
「本当ですか! どんな話なんですか?」
「ある子供がその信者に話しかけたそうなんですが、顔にひどい傷があるので顔を隠していると言ったそうです。けれど、その子供がたまたま顔を見たときにそんな傷はなかったらしいんですよ」
「顔を隠すために嘘をついたということですか」
「恐らくそうだと思います」
「そのお子さんはどんな顔をしていたと言っていましたか?」
「それが、どんな顔だったかは覚えていないそうなんです」
「ああ、それは残念です。一瞬しか見ることができなかったのかもしれませんね」
やや前のめりになってユウの話を聞いていたオーウェンは肩を落とした。しかし、子供は責められないのでそれ以上は何も言ってこない。
「報告を聞いた代行役人は何かしらに役立つ話かもしれないが、今は引き続き調査を続けるようにと僕に言ってきました」
「そうですね。これだけだと事を起こすには足りないのはわかります」
「オーウェンさんの方は何かありましたか?」
「今のところは何もありません。引き続き皆さんに聞いて回ります」
申し訳なさそうな顔をしたオーウェンがユウに伝えた。そうはいっても運の要素も絡んでくるので今の段階ではまだとやかくいうことではない。
知っていることを伝え合ったユウはオーウェンとその場で別れた。次いで向かったのは早速馴染みになりつつある貧民の市場の菓子屋台だ。そこで砂糖菓子を買うと貧民街へと足を向ける。目指すは貧民街の西部と南部の中間部分だ。ここだけまだ充分見回れていないのである。
城外神殿の裏側に戻ったユウはそこから南西へと向かって更に進んだ。そこでも砂糖菓子を子供たちに与えて話を引き出す。その結果、フードを被った信者を誰も見たことがないと返ってきた。更に幸福薬についても何も知らないことがわかる。
「つまり、フードを被った信者は西部だけをうろついて、幸福薬の被害は南部に限られているんだ。繋がりはなさそうにみえるけど」
子供たちと別れたユウが貧民街を歩きながら独りごちていた。あまり治安の良くない場所なので油断できないが、ユウもその辺りはわきまえているのでぼんやりとはしていない。
正直なところ、根拠なく今回の件の犯人を示せと問われれば、モノラ教の関係者、もっと具体的に言えば町の中にある教会だとユウは主張するだろう。フードを被った信者が町の中のモノラ教の教会に出入りしており、麻薬である幸福薬の効果を謳うのにわざわざパオメラ教の御利益と広がっているからだ。パオメラ教には何1つ良いことがなく、逆にモノラ教にとっては良いことしかない。
ただ、これだけあからさまだと逆にまだ何かあるのかもしれないが、さすがにユウはそこまで推測できなかった。なので想像はここまでに止めておく。
四の刻の鐘が鳴る頃に行きつけの串屋で腹ごしらえをしたユウは裁縫工房へと向かった。古着を洗濯するためである。そろそろ早朝の鍛錬と走り込みに必要なぼろ布がなくなりかけているのだ。
もちろん、今は冒険者ギルドの仕事を請け負っているのだから小遣い稼ぎの真似などしている暇はない。ところが、都合の良いことに洗濯仲間の女たちの話から情報を引き出した実績がある。つまり、これは立派な調査なのだ。
行動の正当化に成功したユウは個人的な実益も兼ねて古着を洗濯する。いつもの面子である女たちの話を聞きながら古着を1枚ずつきれいにしていった。その結果、予定通りぼろ布を1枚手に入れる。
一方、肝心の情報収集であるが、聞けたのは借金への愚痴、旦那への不満、そして世間への憤怒だけだった。つまり、成果なしである。
六の刻の鐘が近くなると空の色が朱くなってきた。貧民の市場の屋台や貧民の歓楽街が賑やかになってくる頃だ。
最近のユウは昼食を貧民の市場の屋台、夕食を貧民の歓楽街の酒場で取っている。もちろん何かしら気になる話がないかと耳立てているのだが、今のところ空腹を満たす以上の成果はない。
「うーん、今日はどこに行こうかな」
特にここという場所を決めていないユウは貧民の歓楽街をさまよっていた。この間にも周囲の話し声に耳を傾けているものの、大半が充分に聞き取れずに終わっている。その手の能力もなく、特別な訓練もしてない素人ではこんなものだ。
次第に空腹感が増していく中でユウの目にふと入ったのは安酒場『ふらつく熊亭』である。数日前にハリソンたちと一緒に行ったことを思い出す。
「今日はここでいいかな」
若干疲れた様子でつぶやいたユウは誘われるように知っている安酒場へと入った。テーブルは7割以上が埋まっている。一通り各テーブルを見てみたが知り合いもいない。半分ほど空いているカウンター席に座った。
通りがかった給仕女に料理と酒を頼んだユウはそっと聞き耳を立てる。人の声が人の声でかき回されるような店内だとろくに聞き取れないことを改めて知った。頼んだ料理と酒がやって来る直前にため息をつく。
注文した料理はエール、黒パン3個、スープ、肉の盛り合わせだ。いつもの品である。しかし、いずれも冒険者の歓楽街のものよりも希薄で少量だ。しばらくはこれが続く。
人の話を聞き取れないと悟ったユウは食事に集中した。もう今日の仕事は終わりだと心に決める。たまにはこんな日があっても良いだろうと自分に言いつけた。
いつもよりぼんやりとしていたせいもあり、食事の時間はいつになく長くなる。更にエールを2杯ちびちびと飲んでいたせいで気付けば七の刻の鐘が鳴り終っていた。
ユウは木製のジョッキに残ったわずかなエールを飲み干すと席を立つ。店内の客入りは8割程度、最盛期は過ぎていた。
店を出たところでユウは帰る先は宿の個室だということを思い出す。今朝ハリソンは宿屋『大鷲の宿り木亭』を出て行き、部屋を変えたのだ。
何となく寂しい気持ちになったユウだったが、ふと耳にした音に不穏なものを感じた。頭を周囲に巡らせるが誰も気にせず往来している。
「なんだろう? こっち?」
路地の脇から伸びている細い裏路地の奥から聞こえてくる音にユウは耳を澄ませた。しばらく聞いてそれが争う声や音であることに気付く。喧嘩にしては人数が多いように思えた。
気になったユウはその暗い裏路地にそっと入る。とっくに日は落ち、明かりも建物の隙間から漏れるものだけしかないので視界が悪い。ぎりぎり周りが見えるというくらいだ。
普段なら危険なことには近づかないようにしているユウだったがこのときは違った。酔っていることもわずかにあったが、仕事の上で何か有益なものが見つかるかもしれないと考えたのだ。
暗い中、わずかに漏れる明かりを頼りにユウは裏路地を進む。それに従って聞こえていた音は少しずつ大きくなってきた。金属音がしていることからただの喧嘩ではない。
「もしかして、殺し合い?」
つぶやいたユウが最初に思い浮かべたのは縄張り争いをする地元の集団同士の抗争だ。最初は喧嘩程度で済んでいたものが激しくなって殺し合いになることはたまにある。
しかし、罵る声などを聞いているとそうではなさそうにも思えた。どちらかというと冒険者同士の争いに感じられる。
裏路地の十字路に差しかかるとユウは音のする方にそっと顔を出した。暗くてほとんど先は見えないが声ははっきりと聞こえるようになる。
「はぁはぁ、ハハッ、ジェフ、ざまぁねぇなぁ!」
「ぐふっ、エディー、お前!」
「はぁはぁ、じゃあな。余計なことを嗅ぎ回るから悪いんだ。へへ、テメェを始末してクスリを分けてもらうんだ」
「バカなヤツ、クスリで利用されてるだけだろうが」
「はぁはぁ、ぅるせぇ!」
知っている者同士が殺し合いをしていることにユウは衝撃を受けた。しかし今はそれどころではない。激高したエディーがジェフを殺そうとしている。
「代行役人さん、こっちです! 早く! 誰かが喧嘩してます!」
「はぁはぁ、ヤベェ! 行くぞ!」
とっさに声を上げたユウはエディーたちが裏路地の向こうに逃げて行くのを聞いた。足音が遠ざかったのを知ると争いの場に向かう。
その場に充満している強い血の臭いにユウは顔をしかめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます