新しい居場所

 六の刻の鐘が鳴ってしばらくしてからユウは宿屋『大鷲の宿り木亭』に戻った。女宿主であるアラーナに鍵の有無を尋ねると仲間が帰ってきていることを知る。果たして、自分以外の3人が室内にいた。


 最初にケネスがユウに声をかける。


「おう、遅かったじゃねぇか。って、なんでそんなに疲れてんだ?」


「裁縫工房で色々とあってね。もう今すぐ寝たい気分だよ」


魔窟ダンジョンに入ったときよりも疲れてるように見えるぞ。大丈夫か?」


「平気だよ。別に怪我をしたり病気になったりしたわけじゃないから」


 喋りながらユウは背嚢はいのうを背から下ろして机の脇に置いた。昼間に置いた麻袋3つはそのまま置いてある。安心して丸椅子に座った。


 そんなユウにジュードが声をかける。


「その机の下に置いてある麻袋はユウのものか?」


「うん、そうだよ。パーティで部屋を借りられるんなら荷物を置いておけるって気付いたから、魔窟ダンジョンでの活動にいらないものはまとめてこの袋に入れたんだ」


「だと思ったぞ。ということは、その背嚢はかなり軽くなったわけだな」


「料理道具みたいなかさばる物も出したからかなりすっきりしたよ」


「いいことだ。これで一層戦いやすくなったな」


 魔窟ダンジョンの活動に明るい材料があったことを知ってジュードが喜んだ。

 そこへ今まで黙っていたハリソンが口を挟む。


「これで全員揃ったな。メシにしようじゃないか」


「よっしゃ! それじゃ、行こうぜ! 今日からは安酒場じゃなく酒場だ!」


「あれ、『黒鉄の酒樽亭』じゃないの?」


 寝台から跳ね上がったケネスの叫びにユウは首を傾げた。しかし、すぐに気付く。


「もしかして、宿を変えたのと同じ理由? 稼ぎにふさわしい場所に移るってこと?」


「そうだぜ。大体、『黒鉄の酒樽亭』は駆け出しの冒険者が利用する酒場だってハリソンが言ってただろ。オレたちゃそもそも駆け出しじゃねぇし、稼ぎだって充分あるんだからよ。いい所に行かなきゃな」


「それじゃ、どこに行くかも決まっているの?」


「おう! 前に1回だけオレとジュードが行った酒場なんだ。名前は確か、えーっと」


「『青銅の料理皿亭』だ。値段は少し高くなるが味もその分良くなるぞ」


 店の名前を思い出せないケネスに変わってジュードが答えた。


 全員が立ち上がって部屋を出て行こうとする中、ユウはわずかに感傷にひたる。最近ようやく落ち着いてきたと思った矢先に新しい場所へと移ることになった。ただ、魔窟ダンジョンの活動場所が1階から2階に移ったのと同じだと思えば寂しさもましになる。


「ユウ、早く出ろ。それと、荷物は全部置いていっても大丈夫だからな」


「うん、わかった」


 廊下に出たジュードからの声にユウが答えた。ちらりと机の下にある背嚢と麻袋に目を向けて部屋の外に出る。すると、すぐに扉が閉まって鍵のかかる音がした。




 先頭を歩くケネスが向かったのは冒険者の道の西側に面した平屋の酒場だった。周囲と同じ石造りの建物で中の賑わいが外に漏れている。


 中は前の酒場よりも一回り大きかった。客は冒険者ばかりなのは当然だが、駆け出しのような初々しさはない。仕事に慣れた感じの雰囲気があった。


 ほぼ満席ではあったが、かろうじて空いていた丸テーブルを見つけたジュードが仲間を先導する。着いた者から順番に席に座った。


 それを見計らったかのように間を開けることなく給仕女の1人が近寄ってくる。


「いらっしゃい! 初めて見る顔もいるわね。まぁいいわ。何にする?」


「エールを5杯頼むぜ! それと肉だ、肉!」


「元気ねぇ。肉なら肉入りスープ、肉団子、肉の盛り合わせがあるわよ?」


「全部だ!」


「ありがと~! 他は?」


「僕は黒パン2つとスープと肉団子をください」


「俺は黒パン3個と肉入りスープと肉の盛り合わせを頼む」


「オレは黒パンと肉入りスープと肉団子だ」


 給仕女に対して、ケネス、ユウ、ジュード、ハリソンが次々に注文を告げていった。先払いの代金を受け取った給仕女はすぐに丸テーブルから離れる。


 その後ろ姿を見送ると4人は互いに顔を見やった。最初にケネスが口を開く。


「いやぁ、ようやく収まるべきところに収まったって感じだな!」


「宿も酒場もふさわしい場所に変えたからな。ハリソンは戻って来たという感じか?」


「そうだな。前に2階で稼いでいたとこはこのくらいの酒場に行ってたからな」


 明らかに躍進していることを実感しているジュードとハリソンもケネス同じく機嫌がよかった。


 その様子をユウはぼんやりと見ている。かつて先輩たちが利用していた酒場で飲み食いしていたことを思い出した。あのときと雰囲気は違うが明るかったのは同じだ。


 木製のジョッキと料理の一部を持ってきた給仕女が手にしたそれらを丸テーブルに置いた。最初にやって来たのは肉の盛り合わせである。


 全員が木製のジョッキを片手に肉へと手を出した。ケネスは豚肉を切り、ジュードはソーセージを摘まみ、ユウは鶏肉を削り、ハリソンは牛肉のかけらを手にする。


「あーうめぇ! しかし、稼げる目処がついたのはいいことだな!」


「あの魔窟ダンジョンだと魔物がいなくなることはないし、毎日安定して成果を出せるのは安心できる」


「ジュードの言う通りだ。油断さえしなければ、これからもずっと稼げる」


「でも、同じくらい出費があるから今は大変なんだよね」


 4月に入ってからの稼ぎを1日でほぼ使ったユウがぽつりと漏らした。全部で金貨1枚以上である。いきなり財布の中身が軽くなるのはなかなか胃が痛くなる事態だ。


 その声を耳にしたハリソンがユウに顔を向ける。


「そんなに買う物があったのか?」


短剣ショートソードを工房で買ったんだ。それだけで銀貨10枚だし」


「ああ。けど、今は2階で活動してるからもう少し待てば良かったんじゃないのか?」


「いつ出てくるかわからない出現品は待てなかったんだ。刃がもうかなり傷んでいたから。戦っている最中にぽっきりと折れても困るし」


「確かに。しかし、工房で買ったんなら安心だな。これで当面大きな買い物はないだろう?」


「だといいんだけどなぁ。思い出してちょろちょろと買うことが多いんだ」


「うーん、そこまでは知らん」


 がっくりとうなだれるユウの事情を聞いたハリソンは匙を投げた。道具の管理は持ち主がするものだ。深入りはできなかった。


 そんな真面目な話がある一方で不真面目な話もある。次々と運ばれてくる料理が丸テーブルを埋めていく中、ケネスがその話題の中心だった。木製のジョッキを飲み干すとジュードに話しかける。


「なぁ、ジュード、この町にやって来てからやっと生活が安定してきたよな。どっか遊びに行きたいと思わねぇか?」


「まぁな。具体的には何がしたいんだ?」


「そらおめぇ、なんつったってアレだ。女だよ。お互いにしばらくやってねぇだろ」


「あー、うん、最後はいつだったかな」


「稼いで腹を満たせたら次はあっちってぇのは自然の摂理なんだからやりてぇんだが、確かここの歓楽街にもあったよな?」


「歓楽街の裏手、西側に娼館があるっていうのは聞いたことがあるな」


「なぁんだ、ちゃんと調べてるんじゃねぇかてめぇもよぉ」


「ああもう鬱陶しい、絡むな!」


「よぉし、それじゃ後で行こうぜぇ!」


「お前は急だな!?」


「何が急なもんか。どうせお前のことだ、ちゃんと店のことも調べてあるんだろ? 前のときだってなぜか」


「わかった、わかったからとりあえず飲め、飲んでおけ! おい、エールを追加だ!」


 すっかりだらしない顔で肩を組んできたケネスに対して、ジュードは新しい木製のジョッキを持たせてそのまま飲ませた。うまそうに飲むケネスを渋い顔で見ている。


 しばらくハリソンと道具について話をしていたユウが2人の様子に気付いた。ちょいちょい聞こえていた話を元にハリソンへと問いかける。


「ハリソン、遊ぶ所って他にもあるの?」


「賭博場ならあるぞ。ケネスが言ってた娼館の集まりの南側にな。興味あるのか?」


「ううん、遊ぶ場所が他にもあるのか聞いただけ。賭け事は勝てそうにないからね」


「まぁ、やめておいた方がいいな。どうせ最後は負けるから」


「ハリソンはやったことあるの?」


「付き合いで何度か。気が付くとカネがなくなってた」


「賭け事で身持ちを崩す人の話は聞いたことがあるけど、やっぱりひどいんだ」


「ハマると大変だって思って、オレは自分からは手を出さないことにしている」


「うわぁ怖いなぁ」


 嫌そうな顔をしたユウが呻いた。その顔を見て苦笑いしたハリソンが木製のジョッキを傾けた。


 その後も4人は相手を変えながら話を続け、酒を飲み、料理を食べる。酒盛り自体は皆が楽しめたが、終わってからケネスが娼館に誘うのがなければ完璧だった。


 結局、ジュードをお供にケネスが宵闇に消えていくことになる。ユウは心底安心した。

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