素人と専門家
今後の宿が決まると4人で集まっている必要はなくなった。やることのあるユウは仲間と別れて貧民の工房街へと向かう。
最初に向かったのは武器工房『金槌と金床』だ。冒険者の道に面した年季の入った石造りの平屋である。奥の作業場からは金属を叩く音が聞こえてくる。中に入ると採光の窓が小さいため薄暗い。
入口付近の簡素な棚へとユウは近づいた。手入れされた
「やっぱりこっちの方がずっといいな」
「おや、随分と久しぶりだな」
声をかけられたユウは顔を上げた。すぐ近くに無骨な顔つきの男が立っている。
「名前は確か」
「ユウです。サミュエルさんですよね。ここの親方の」
「そうだ。前は
「新しく入ったパーティの都合上、
「そうだったのか。で、その
「実はこの腰のやつなんですが、
「なるほどな。2階に行けば同じ品が出てくる可能性もあるぞ」
「今2階で活動していますけど、剣自体がなかなか出てこないんです。もうこれ以上待つのは危ないと思ったんでここに来ました」
「金より命を取ったわけだ。良い判断だと思う。ここにあるのは全部俺が手入れしてあるから、どれを買っても同じだぞ。ちなみに、今使ってるやつはどんな状態なんだ?」
「これです。どうぞ」
腰から鞘ごと外した
剣を鞘から抜いたサミュエルがその刃をじっと見る。
「1階なら低品質なやつだな。研いだ跡がある。まぁ職人じゃないからこんなものか。うん、よく使えてるんじゃないか」
「あの、それって買い取ってもらえますか?」
「さすがにこれは無理だな。貧民の市場の店でも引き取り処分だろう」
「それじゃ引き取って処分してもらえます?」
「俺がか? まぁ、何か買ってくれるっていうのなら構わないが」
「だったらこの剣を買います。そもそもこれを買いに来たんですよ」
「わかった。だったらこれは引き取ろう」
取り引きが成立したユウとサミュエルはどちらも笑顔になった。ユウは銀貨10枚を支払い、更に今持っている低品質の
新しい剣を腰に吊したユウは工房から出た。今日の予定はこれで終わりである。あとやることと言えば地図の描き写し作業を再開するくらいだ。
しばらく考え込んだ後、ユウは急に歩き始めた。工房街の路地に入って奥へと向かう。そうして貧民街に近い所にある怪しい臭いのする石造りの平屋に入った。
入口付近にある棚にはいくつもの小瓶が並べられており、別の棚には中瓶が揃えられている。
「ニコラスさん、相談があるんですけど今いいですか?」
「確かユウと言ったかの。久しぶりじゃな。相談とは何じゃ?」
「これをちょっと見てほしいんです」
しゃべりながらユウは
「これ、故郷でまだ冒険者になる前に友達から譲ってもらったものなんです。その友達は薬師を目指していたんですけど、その子に簡単な薬の作り方を教えてもらいました。それで、いつかどこかでまた使えたらいいなと思っていたんですけど、薬師の方から見て実際のところこの道具ってどのくらい使えそうなのかって前から聞きたかったんです」
「ガラクタじゃな」
「え?」
「話にならんと言ったんじゃ。貧民の市場の細工屋に同じ物を作らせてそれを使った方がまだましじゃよ」
あまりにもばっさりと切り捨てられたユウは固まった。頭が真っ白になって動けない。
そんなユウに対してニコラスが話を続ける。
「いくつか確認をしておきたいことがある」
「な、なんでしょう?」
「その友達とやらは結局どうしたのじゃ?」
「薬師の人に弟子入りして旅立ちました」
「それまではどうしておったのじゃ?」
「独学で薬草と薬の勉強をしていたらしいです。旅立つ半年くらい前に薬師と出会ってその人のところで学んでいましたけど、それが何か?」
「話を聞くに、その友達とやらは元々独学で学んでいるときにその道具を揃えたんじゃよな。言い方を変えると、いい加減な知識でその道具を集めたり作ったりしたんじゃろう」
「いい加減な知識って」
「友達のことを悪く言っているようで気に食わんか? じゃが、今はその感情を抑えよ。薬師の立場からしたら、それは紛れもなくいい加減な知識なんじゃよ」
「でも、その知識で作った薬は役に立っていましたよ?」
「例えばどんな薬じゃ?」
「虫除けの薬と悪臭玉だったかな」
「どちらも初歩的なものばかりじゃな。ああ、獣避けの劇薬にはハラシュ草の他に微量の薬品を混ぜる必要があるが、それはどこかから手に入れておったのではないか?」
指摘されたユウは何も言い返せなかった。振り返ってみればその通りだからだ。徐々に顔がうつむいてゆく。薬師が作ったものには劣ると言っていたことを思い出した。
黙っているユウにニコラスが更に語りかける。
「ユウの友達がどんな人物か儂は知らん。しかし、そなたはその友人を過大評価しておらんか? そのせいでこの道具を使えば自分も薬を作れると勘違いしておるのではないか? 貧民街で薬代を支払えん連中が自作しておるのは儂も知っておるが、その道具は明らかにそういった連中が使うものじゃ」
「そう、なんですか」
「思い出深い品だというのなら手元に置いておくのも構わんが、実用品と思ってはならん。儂としてはさっさと処分してしまうのが一番じゃと思うがな」
ユウがうつむいた先には取り出した製薬道具があった。かつてその友達と一緒に薬を作ったときのことが脳裏に蘇る。
薬草を採取する仕事をしていたことがあるので、薬草に関する知識をユウはいくらか持っていた。また、初歩的な薬を作ることもできるので、ある程度製薬できるとも思っていた。しかしそれは、あくまでも貧民街の中では知っている、できるという程度だったのだ。
そういえば、とユウは自分のことを思い返した。冒険者になることを志してから色々と訓練をしていたが、結局冒険者になって効率的で効果的な方法を教えてもらってよく驚いたものである。結局あれは何だったんだと思ったこともあった。
ニコラスが語ったことをユウもようやく理解する。あのときはある物だけで何とかしなければならなかったのだ。もしかしたら友達もそれを承知の上でこれらの道具を集めて使っていたのかもしれない。ユウはそれに気付けなかったのだ。
すっかり体から力の抜けたユウは小さなため息をついた。その友達と別れる前に尋ねられたら良かったのだが、そもそも気づきもしなかったのだからどうにもならない。
じっとしているユウにニコラスが声をかける。
「その道具を処分するのがつらいというのなら、儂が引き取ってやってもいいぞ。代わりに処分しておいてやる」
正直なところ、思い出の品という面もあるので手放すのは惜しいという気持ちがユウにはある。しかし、友達は他にもいたし、まったく思い出の品がない友達がむしろ大半だ。ならば、この製薬道具を手放したところで薬師を目指していた友達との思い出がなくなるわけではないと言える。
むしろ、ここでこの製薬道具を手放すことで、今まで勘違いをしていた自分と決別しようとユウは考えた。その上で返答する。
「そうですか。それじゃ、これの処分をお願いします」
「本当に良いのか?」
「はい。僕は薬師になりたいわけじゃありませんから」
「わかった。それなら儂が処分しておいてやろう」
そう言うと、ニコラスはユウの製薬道具を奥へと持って行った。すぐ戻って来ると再びユウに話しかける。
「他に用はあるのか?」
「えっと、あ! 傷薬の軟膏がなくなりかけているんです。3回分ください」
「よかろう。瓶はあるのか?」
「あります。中身だけください」
「銅貨6枚を用意しておけ。今持ってきてやる」
再び奥へと引っ込んだニコラスを待っている間にユウは背嚢から中瓶を取り出した。傷薬の軟膏が入った瓶である。
戻って来たニコラスに代金を支払うと軟膏を中瓶に入れてもらった。なくなりかけていた中身が再びいっぱいになる。
用を済ませたユウは背嚢を背負うとニコラスに礼を述べて工房を出た。その瞬間、全身の力が抜け、大きなため息をつく。
足下のおぼつかないユウは頼りない様子で路地を歩いて行った。
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