微調整は精霊任せ

 自分の中に小さな味方がいることを知ってユウは温かい気持ちになった。旅に出てからは1人で活動することもあったので非常に心強い。


 思わぬ事実を知って喜ぶユウはスキエントと共に転移の間へと入った。そこには前に2人で埃を乱雑に払った転移の魔方陣が室内の中央に描かれている。


「ユウ、君が持っている魔石を渡してくれないか。8つ全部だ」


「いいよ。でも使うのは4つなんだよね?」


「君が残りの魔石を持ったまま転移したら私が転移できないだろう。だから先にもらっておくんだ」


「ごめん、そうだった」


 呆れた顔をスキエントに向けられる中、ユウは背嚢はいのうを床に下ろして中から握り拳程度の魔石を8つすべて取りだした。いささかばつが悪いので苦笑いを浮かべつつ、4つはスキエントの足下に置く。


「せっかくだからユウがその魔石を魔方陣に置いてみるか? いずれどこかでこの知識が役に立つかもしれないぞ」


「その前に何度死にかけるのか怖くて仕方ないね。ともかく、どこに置けばいいの?」


「そこに小さい丸が描かれているだろう? そこはわずかにくぼんでいるから、魔石を1つ置いてくれ。残り3ヵ所は魔方陣の中央を中心に十字の位置に置くようになっている」


「本当だ。初めてのときは全然気付かなかったなぁ」


「知らなければそんなものだろう。用意ができたら、円の中央に立ってくれ」


 魔石を4つ指示された場所に置いたユウは背嚢を背負い直して魔方陣の中央に立った。魔方陣の外側、真正面にスキエントが立つ。


「これであとはこの魔方陣を動かしたらいいだけなの?」


「まぁそうなる。しかし、最後に忠告、というより助言をしておこう。今から私がこの魔方陣を起動する。行き先はここからできるだけ近くてそれでいて安全だと思われる都市の近郊だ」


「話の腰を折って悪いけど、今もその辺りは安全なのかな?」


「その不安は当然だな。これはあくまでも私が知っている範囲での話なので、今どうなっているかはわからない。そこで、ユウにできる方法で調整するんだ」


「僕にできる方法? 魔方陣の動かし方は知らないよ?」


「君じゃない。精霊に願うんだ。私が安全と思う都市の近郊に座標を指定するから、君はその中でも本当に安全な場所に転移させてほしいと精霊に願うんだよ」


「つまり、スキエントがある程度場所を決めて、細かいところは精霊に任せるってこと?」


「そうだ。君の中に精霊がいなければ本当に運を天に任せるしかなかったが、これならほぼ確実に安全に転移できるだろう」


 直前になって良い提案をされたユウの顔がほころんだ。正直なところかなり不安だったのだ。普通なら精霊への願いなど神へ祈るくらい不確かな行為でしかないが、その実在を信じられる今は現実的な方法に思えた。


 真面目な顔のスキエントが言葉を続ける。


「さて、いよいよ魔方陣を起動しようと思うが、その前に伝えておきたい。私とユウは別の場所に転移した後、再会することはないだろう。帝国が健在であればやり取りする方法もあったが、当時の文明が既にない今はそれも無理だ。だから改めて礼を述べたい。助けてくれてありがとう。私を目覚めさせてくれたのが君で良かった。おかげで私は次に進める。その結果が残念なものになろうとも、そのときまで生きることができるのだから。君の行く先に多くの幸運があることを祈る」


 思いの外立派な言葉を贈られたユウは目を見開いた。これほど強く感謝を示されるのは珍しいので嬉しいと同時に照れる。どんな顔をしたら良いのかわからない。


 同時にユウは自分も何か言わないといけないと強く思った。さようならの一言では釣り合いが取れないし、相手に残念だと思われてしまいそうだ。それは嫌だと感じる。


 しかし、口を開きかけたところでユウは止まった。何を言えば良いのかまったくわからない。このままでは魔方陣を起動されてしまうと焦り、思い付くままに言葉を吐き出す。


「僕もスキエントと出会えて良かったよ。この遺跡に入って散々ひどい目に遭ったけど、あの石の箱の中からスキエントを出せたのは僕にとって大発見だった。ここまで冒険してきた甲斐があったと思う。あと、精霊のことを教えてくれてありがとう。今まで僕は全然気付かなかったんだ。ちょっと不思議だなって思ったことはあったけど、はっきりさせられて良かったよ。もう会えないのは残念だけど、この先スキエントが仲間に会えることを僕も祈っている」


 とりあえず言いたいことは言えたかなとユウは首を傾げた。もう話す機会がないとなるとなかなか言葉が出てこない。


 そんなユウを見ながらスキエントが口を開く。


「お互い良い出会いだったようで何よりだ。それでは」


「あ、そうだ! スキエントが今身に付けている帽子と外套と靴、あげるよ! 転移する前に服が見つかるかなって思ったけど駄目だったから!」


「そういえば借りたままだったな。返す機会がなくて残念だ。しかし、もらえるというのならもらっておこう」


「うん、新しい服が見つかるといいよね」


「そうだな。では、魔方陣を起動するとしよう。ユウは精霊に願っておいてくれ」


 指示されたユウはスキエントを見据えながら頭の中で精霊へと呼びかけた。自分の身の安全に直結することなのでそこは真剣だ。


 その間にスキエントは真剣な表情で何かをつぶやく。ユウの位置からではほとんど聞き取れない小声だ。すぐに円と内側の模様らしきものがうっすらと暗く輝き始める。


 同時にユウの両足が床から離れた。前と同じ浮遊感が身を包む。


「スキエント、さようなら!」


「さよならだ、ユウ!」


 円筒形の範囲内が次第に明るく輝く中、2人は笑顔で別れを告げた。その後も輝きは強くなる一方でやがて真っ白になる。もうお互いの姿は見えない。


 その輝きが頂点を迎えたとき、ユウの体は魔方陣の内側から消えた。




 円の内側が明るく輝いて白一色になった。しかし、その状態は長く続かず、すぐにその輝きは失われていく。


 床から足が離れて宙に浮いていたユウは目を閉じずに細めていた。かつてとは違って恐れはなかったのとスキエントの姿を見続けるためだ。そのため、再び地に足が付くまでの間にも輝きの向こう側に広がる景色をすぐ目にすることができる。


「あれ、原っぱ?」


 急速にはっきりとする周囲の風景を見たユウは眉をひそめた。地に足が着いたとき、丈の短い草を踏む感触を認める。


 転移の輝きがすっかり失われてからユウは周囲に顔を巡らせた。上は青い空に白い雲、地面は左から右へと緩やかに下がっており、左側の奥には延々と連なる山脈が続き、それ以外はひたすら茶色い草原が広がっている。


 そんな大自然の中、真正面の地平線近くに小さな点があった。目を凝らすと人工の建造物らしいことがわかる。


「ここどこなんだろう。また知らない場所だ」


 目指すべきものが他にないユウはとりあえずまっすぐ進むことにした。枯れた草を踏む乾いた音が静かに響く。


 緩やかに吹き付ける風は冷たく、今この場所が冬であることをユウは実感した。身を震わせてから今は全身を覆える外套を持っていないことを思い出す。つい先程譲ったばかりだ。幸い、今は良い天気で降り注ぐ日差しが体を温めてくれる。


 転移の魔方陣を使った移動が安全に終わったことを実感したユウは安心した。最も不安だった点だけにあっさり乗り越えられたことに驚きもする。


 しかしすぐに、それはスキエントと精霊のおかげなのだと思い直した。自分だけではそもそも魔方陣を起動させることができなかったのだ。そう思うと、スキエントを目覚めさせて本当に良かったと強く感じる。


「それにしても、ここってどの辺りなんだろう。知っている場所に近いのかな」


 今のユウにとって目下の心配事はそれだった。スキエントに現代の知識がまったくない以上、理想の結果を得られないことは明白である。しかし、次点としてできるだけ知っている場所に近いことを期待しているのだ。


 歩くに従って真正面に見えていた点が少しずつ大きくなってきた。その様子から町であることがわかる。


「良かった。町の近くに転移できたんだ。どうにかなりそう」


 今回の遺跡の探検でユウは大切な衣服や道具を手放し、また消耗品を多く失った。今の状態では何日も野宿することは難しい。なので、近くに町があるというのは本当に助かるのだ。


 共に探検した仲間は死に、友人と呼べる古代人と別れた。それはユウにとってつらいことであったが、それでも生きて文明圏に戻って来ることができたことを喜ぶ。まだこれからも旅を続けることができるのだ。


 しかし、とりあえずは休息である。次の場所に移るために羽を休める場所が必要だ。


 ユウはまだ何も知らない目の前の町に向かって歩いた。

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