体に宿る精霊

 転移の間へと向かう途中、周囲を警戒しつつもユウとスキエントはたまに言葉を交わした。内容は前向きなものだ。


 いつもの調子に戻ったスキエントがユウに声をかける。


「私は別の都市に転移するつもりだが、ユウは外に出るのだったな」


「うん。あの魔方陣を使って外に出られるんだよね」


「主に非常時の脱出に使われることが多かった。正に今の状況なわけだ」


「普通は使わないんだ」


「それはそうだろう。別の魔方陣へ転移したらその魔方陣を使って戻ることができるが、魔方陣のない場所に転移すると歩くしかないのだから」


「なるほど。確かにそうだね」


「しかも、きちんと場所を指定しないと高い空や地面の下に転移させられてしまう。だからむやみに使うのは危険なんだ」


「僕のときは大丈夫なんだよね?」


「魔方陣を管理している者はあらかじめ決められた緊急時の脱出先を指定することになっている。だから専門家が指定する場所なら安心だが」


「スキエントは専門家じゃない?」


「専門の管理者ではない。ただ、魔方陣の調整をしたことはあるし、実は管理者から脱出先の座標を教えてもらったことがある」


「だったら変なところには転移しないんだ」


「その通り、と言いたいところだが、1つどうしようもないことがある」


「何それ?」


「今と昔では地形が異なっている可能性がある。その差異がわからないと」


「ああ、そうか」


 スキエントが古代人だということをユウは思いだした。昔と今では山の形や川の流れが違うという話を聞いたことがある。古代文明が存在していた当時からかなり時間が経過しているらしいので、地形が変わっているというのは不思議ではない。


 嫌そうな顔をしたユウが呻く。


「転移の魔方陣がきちんと動いても安全だとは限らないんだ」


「そういうことだ。ユウ、この都市、君の言い方だと遺跡になるのか、その周りは今どうなっているんだ?」


「全部を見たわけじゃないけど、北の台地って呼ばれる位にせり上がっていて、周りはずっと森だったよ」


「となると、私の知っている地形とは全然違うな。当時の都市の周りはほぼ平原だった」


「逆にそっちの方が想像できないよ」


「しかしそうなると、この都市の周辺に転移させるのは危険か。別の都市なら」


「そこは安全なの?」


「転移先の地形まではわからない。意外と厄介だな」


 ここに来て不安要素が見つかってユウの表情は渋くなった。脱出する方法さえ見つかれば何とかなると思っていただけに落ち着かなくなる。


 一旦スキエントから目を離したユウは周囲へと目を向けた。いっそのことスキエントと同じ先に転移しようかと考える。


 感情が不安定になっていたユウだったが、そのときふと背後が気になった。何とも言えない微妙な感じに不審を抱きながらも振り向く。すると、すぐ近くまで全体的にぼんやりとしているが奥が透けている白い影を目の当たりにした。


 目を剥いたユウがスキエントの手を引っぱって前に向かって走る。


霊体レイスだ! スキエント、離れて!」


「一体どうしたんだ!?」


 何もわかっていないスキエントが驚きつつもユウに引っぱられた。ある程度走ったところで振り向く。


「何かいるのか?」


「いる! 白い影のようなものが! ほら、あそこに! 近づいて来ている!」


「何も見えないぞ? 本当に何かいるのか?」


 話がまったく通じていないことにユウは愕然とした。何度かスキエントとゆっくり近づいてくる霊体レイスを交互に見やる。


 そこで探検隊での出来事を思い出した。隊長である魔術師にどうやって霊体レイスを見つけたのかと問われたのだ。その魔術師も魔法を使って見破っていた。つまり、普通は見えないのだ。そのことに気付く。


 恨みがましそうな表情を浮かべている霊体レイスにユウは攻撃できない。前は魔術師が魔法で撃退していた。そこまで考えて、スキエントが魔法を使えるのを思い出す。


「スキエントって魔法が使えるんだったよね!?」


「ああ使えるぞ、今だって光明ライトを使っているだろう」


「だったら、何か攻撃できる魔法ってない? なんでもいいから」


「攻撃か。私は兵士ではないからそういうのは専門外だぞ。前にも言ったはずだ」


「専門でなくてもいいから! そうだ! 干し肉を炙るときに火の魔法を使っていたよね。あれは出せる?」


「出せるが、今ここでファイアの魔法を使うのか?」


「僕が合図したら、ちょっと先の方に出して!」


「わかった。いつでもいいぞ」


 何度か走っては立ち止まるを繰り返しながらユウは急いで説明をした。不審な顔をしながらもうなずいたスキエントは立ち止まって見えない霊体レイスに対峙する。


 半透明な白い影は一直線に2人へと近づいて来た。もう少しというところでユウがスキエントに合図を送る。


「今!」


「我が下に集いし魔力よ、燃える火となり、その姿を現せ、ファイア


 干し肉を炙るときには手のひらから現れていた火がスキエントの少し前方に発現した。


 避けることができなかった霊体レイスはその火にぶつかる。すると、ひどい悲鳴とともにその姿を現した。同時に壁の奥へと逃げて行く。


 その様子を眺めていたスキエントは目を剥いていた。いきなり目の前に非実在の何かが現れたかと思うと、悲鳴を上げて逃げ去っていくのだ。呆然として動かない。


「な、なんだあれは!?」


霊体レイスっていう魔物らしいよ。僕もこの遺跡で初めて見たんだ」


「ユウはあの化け物が最初から見えていたのか?」


「うん、見えていたよ。気付けたのはたまたまだったけど」


「元々ああいう見えないものが見える体質なのか?」


「わからない。遺跡に入る前はそんなのに出会ったことがないから」


「魔法も使わないのにあんなのが普通に見える?」


 ユウの話を聞いたスキエントは目をつむって黙った。それから狭い範囲だがあちこち歩き回る。


「魔石の補助なしでユウが転移の魔方陣を1人で使ったと聞いたとき、どうしても私は納得できなかった。例え魔力があっても魔方陣の起動方法がわからないのにどうやって使えたのか不思議だったんだ。そして、今さっきは見えない化け物が当たり前のように見えるとも言ったよな。実は1つ心当たりを思い出したんだ」


「え、それは何?」


「その前に1つ確認しておきたい。ユウは岩人形ストーンゴーレムに出会ったことがあるか?」


「あるよ。あの岩の塊みたいなのでしょ」


「そうだ。そして、もしかしたら岩人形ストーンゴーレムには襲われなかったんじゃないか?」


 まだ話していないことを言い当てられたユウは目を見開いた。何か知っていそうなスキエントに呆然とした表情を見せる。


「今言った現象にはすべて精霊という存在が関係しているんだ。こことは別の世界の生き物、と言ったらいいのか、とにかくそんな存在がいる。その精霊がユウの体の中にいたらすべて説明できる。心当たりはないか?」


「その精霊ってどんな形をしているの?」


「形に意味はない。人や獣の形をしていたり、こんな小さく丸い形をしていたりすることがある。何しろ人間とは全然違うからな。何でもありだ」


 スキエントの話を聞きながらユウはかつて帰らずの森で迷い込んだ遺跡のことを思い出した。あの中で小さく光り輝く何かと出会ったことは確かである。


「前にこんな小さくて光る何かと会ったことはあるよ。あれが僕の中にいるの?」


「それだ! 恐らくユウの中には精霊がいる。小さくてほとんど何もできないかもしれないが、それでも普通の人とは違って見えないはずのものが見えたりするんだよ」


「さっき霊体レイスが見えたのも精霊のおかげ?」


「間違いない。他にも、魔法や魔力が見えやすくなることも知られている。さっき魔石をたくさん見つけられたのもそのおかげなんだろう」


「そうなると、岩人形ストーンゴーレムに襲われない理由は?」


「あれは元々都市民であることを示す道具の有無で捕獲対象を判別している。札や腕輪などでな。それに加えてもう1つ、体に精霊を宿しているかでも判別しているのだ。転移者にそういう者が多かったから、判別方法を追加したと聞いている」


「そんな理由があったんだ。あれ、でも岩人形ストーンゴーレムにはいきなり攻撃されたよ? 本当は捕獲するだけなの?」


「今どうなっているかはわからないな。命令内容が変わったのか、それともおかしくなったのか。それと魔方陣が使えた理由だが、恐らく精霊が動かしたんだろう。あれを使いたいと思ったのではないか?」


「あのときは転移の魔方陣だって知らなかったんだけどなぁ」


「だったら、どこかに行きたいと思ったとか」


「それなら」


 あのとき、早くここから出たいということをユウは常に考えていた。それに反応したのかと謎の現象がようやく腑に落ちる。同時に、自分1人の力で切り抜けたわけではないことも知った。自分の中にいるはずの小さな精霊に感謝する。


 何とも頼もしい仲間がいることにユウは喜んだ。

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