武器の新調
年が明けて2日目、ユウは四の刻の鐘が鳴る頃に起きた。しかし、寝坊ではない。この日も休みなのでいつまで寝ていても構わないからだ。
もそりと起き出したユウが生気のない顔を上げる。
「あ~気持ち悪かった」
二日酔いだった。昨日の祝いの席で飲み過ぎたのだ。原因は
ユウも祝ってもらった嬉しさから言われるままに飲み続けたのだが、ついに途中で力尽きたのである。昨日の宴会の後半についてよく覚えていない。安宿屋『ノームの居眠り亭』で寝ているということは仲間が送ってくれたということだ。
そこまで考えたユウは周囲を見る。大部屋に人影がほぼないのは当然のこととして、荷物番としてフレッドが寝台に座っていた。
薄笑いを浮かべるフレッドにユウが声をかける。
「おはよう。あ~しんどい」
「昨日はよく飲んだな。ぶっ倒れたのは初めてなんじゃねぇか?」
「あんな飲み方をしたのが初めてですよ。途中で止めてくれたら良かったのに」
「限界を知っとくのも大切だぜ。今度からはそれを気にして飲めばいいさ」
「そうしますよ」
しゃべりながらユウは立ち上がった。頭が重くて体がふらつく。真冬なので寒いが、今はその寒さが少し気持ちを楽にさせてくれていた。
体を揺らせながらもユウは大部屋を出て建物の裏手に回る。昼間ともなるとさすがに誰もいない。いくつもある桶には大量の排泄物が満ちていた。
その臭いを嗅いで胸焼けするユウだったが我慢してズボンを下ろす。そして、力んだ。すべてを出し切って幾分か楽になる。やはり日々のお通じは重要だ。
すっきりとしたところでユウは昼食を口にした。食欲はあまりないが何も口にしないのはもっと悪い。ゆっくりと噛んで水袋でほぐしてから飲み込んだ。
ようやく一息ついたところでユウは何をしようかと考える。正直ずっと横になっていたいのだが、何か大切なことを忘れている気がしたのだ。しばらく考えて思い出す。
「そうだ、武器を新しくしたいんだった」
昨日あんな思いをしてまで聞き出したことをユウは思い出した。飲み過ぎたのは半分自分のせいなのだが、そこは都合良く目を逸らす。
ともかく、やることを思い出したユウは宿を出た。市場に向かって歩く。酒の残った頭は重い。重心がどうしてもふらつくがそこは我慢だ。
西端の街道から貧者の道へと曲がり、市場の東側へと入る。そうして年季の入った木造の建物の扉を開けた。中はそれほど大きくはないが所狭しと武器や防具がひしめいており、まともそうなのから錆びているっぽいものまで様々だ。
すっきりとしない頭を横に振ってユウは棚に並べられた武器を見ていく。今日の目当ては長めの
奥のカウンターの所に座っているいかめしい顔つきのホレスにユウは声をかける。
「ホレスさん、棚の武器を触りますね」
「酒はちゃんと抜けてんだろうな? 間違って他の商品にぶつけたら買い取らせるぞ」
「え?」
「店に入ってすぐに臭ってきたぞ。お前は昨日どんだけ飲んだんだ」
「ちょっとお祝いをしてもらって嬉しくて飲み過ぎたんですよ」
「たまにゃ羽目を外すのも悪くねぇが、次の日も外したままってのは勘弁してくれよ」
「はい」
「それと、棚のものを触るのは構わねぇ。好きにしろ」
思わぬ指摘を受けて縮こまったユウだが、許可が下りたので
右手で頭上まで持ち上げて前に振り下ろす。思った以上に違和感なく振れて逆に驚いた。多少頭がふらつくせいで少しわかりにくいが、今使っているものとそう変わりなく使える感触がする。
今度は左手で振ってみた。右手よりかは若干ぎこちないがそれでも振れる。縦に長くなっているだけで太くなっているわけではないので、今までと同じ感覚で持てるのも使いやすく感じる一因だ。
すっかり機嫌の良くなったユウは持ち出した武器を棚に戻した。それからすぐにカウンターへと向かう。
「ホレスさん、あれと同じ長さが60イテックの
「ちょっと待ってろ」
一言言い残したホレスは店の奥へと姿を消した。しかし、すぐに戻って来る。
カウンターの上に置かれた先程手にした
「あそこの棚にあったのと違いますね」
「ありゃ質が悪いやつなんだ。こっちの方がいい。気になるんなら持って振ってみろ」
ぶっきらぼうに言い返されたユウはカウンター上の
「さっきのより振りやすいですね」
「そりゃ重心もちゃんと考えて作られてるからな。あっちのはその辺を無視して作ってあるんだ。まだ酔っ払ってなきゃ、その違いはわかるだろう」
「わ、わかりますよ。もちろん」
「銅貨40枚だ」
納得したユウは懐から革袋を取り出して銅貨をカウンターの上に並べた。貨幣を出し終えて革袋を懐にしまうと、新しい
取り引きが終わったところでホレスが椅子に座った。そして、少し眉をひそめてからユウへと目を向ける。
「そういやお前、今
「使ってますよ。今買ったのよりも短いやつですけど。去年の春先に棍棒が壊れて新しく買ったんです」
「あの金が足りなくてどうしようもなかったやつか」
「そこまでは思い出さなくてもいいです」
「んなことはどうでもいい。それより、その今まで使ってた短い
「え? あ、そうか。もう使わないんですもんね」
「持ってきたら買い取ってやるぞ」
「いいんですか?」
「元々俺が売ったもんだし、お前が使っていたならそうおかしなことにはなっとらんだろう。まぁ、
「それなら1度取りに帰ります。待っててください」
「別に急がなくてもいいぞ。閉店までに持ってこい」
急ごうとしたユウは頭が重いことを思い出してゆっくりと歩いて帰った。そうして
その様子を見ていたフレッドがユウに声をかける。
「お、もしかして新しい武器を買ったのか?」
「はい。長い
「それじゃ今使ってるやつはどうすんだ?」
「売ります。今からホレスさんの所へ持って行くんです」
「へぇ、ついに買い換えかぁ。レックスの奴が知ったら色々聞いてくるだろうな」
「でしょうね。その前に用事を済まさなきゃ」
早めに会話を切り上げたユウが再び大部屋を出た。まっすぐに武具屋『貧民の武器』へと向かう。頭のふらつきはましになっていた。
白い息を吐きながら店内に入ると、ユウは今まで使っていた
「ホレスさん、これです」
「ふむ。まぁこんなもんか。結構使ったのか?」
「かなり使いましたよ。何しろ買ってからずっと僕の
「それでこれか。丁寧に使った、というよりは魔物ばっかり殴ってたからか」
「何がです?」
「いくら壊れにくい
「いいことなんですよね?」
「そうだな。大事に使いすぎるのは本末転倒だが、乱暴に扱うのは論外だ。お前はその点うまく使ってるってことになる。武器の使い方は誰かに習ったのか?」
「パーティメンバーの
「だからだな。なるほど。面白いもんを見せてもらった。これなら銅貨10枚で引き取ろう。言っとくが、普通は7枚くらいが相場だからな」
「え、そんなことしてもらっても」
「だから面白いもんを見せてもらったって言ったろうが。そういうときは色を付けるもんなんだよ」
「ありがとうございます」
珍しく苦笑いしているホレスにユウは礼を述べた。正直なところ何が琴線に触れたのかよくわかっていない。ただ、機嫌が良さそうなのでそのまま黙ってうなずくことにした。
カウンターの上に置かれた銅貨を革袋にしまうユウにホレスが声をかける。
「今度ダガーを持ってこい。どんなもんか見てやる」
「うっ、丁寧に使ってるはずなんですけどね」
「それが本当か確かめてやるって言ってんだ。いいから持ってこい。いいな」
にやりと笑うホレスにユウは震え上がった。手入れは欠かしていないが、それは及第点を保証しない。
不安に思いながらも、ユウはうなずくしかなかった。
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