夜明けの森の奥へ(中)
首をかしげたユウが前を進むアーロンに話しかける。
「これから森の奥に行くんですから、もっと慎重に進んだ方がいいんじゃないですか?」
「どうせあんまり変わんねぇからこのままでもいいんだ。奇襲はできたらいいなくらいの気持ちでねぇと、体より先に頭がまいっちまう。それに、俺たち冒険者の本分は魔物を殺すことだ。相手からこっちに来てくれる方が楽でいいだろ」
「いつも奇襲を心がけるわけじゃないんですね」
「
「ああ、開き直りでもあるんだ」
「まぁな。でも、油断していいってわけじゃないぜ。虫や動物みたいにあっちに隠れられると見つけにくいからな」
話を聞いていたユウは眉をひそめた。気になる言葉に好奇心を抑えられない。
「虫や動物、前も言ってましたけど、それって普通の虫や動物なんですか?」
「いや、通称だ。正確には魔物化した昆虫と動物なんだ。それだけに野生の能力もあるから厄介なんだよな、あいつら」
「魔物化するんですか!?」
「ああ、なぜかしちまうんだよ。頭のいい連中、魔法使い共なんぞはこの森には他よりも魔力が満ちてるって言ってるそうだが、はっきりとしたことはわかんねぇらしい」
「それって、森に入っている冒険者も魔物化するんですか?」
「どーなんだろうなぁ。そんな話は聞いたことねぇが。ああでも、死体は放っておくとやべぇって話は聞くな」
「やばいって、もしかして蘇っちゃうとかですか?」
「
獣の森では聞いたことのない話ばかりを耳にしたユウは嫌そうな顔をした。森の中では死ねないという思いが強くなる。
更に小休止を1度挟んで進んだ後、
当然ここで昼食を取るのだが、ユウだけは水袋を手に取るのにかなり慎重だ。何しろこの1袋で明日の夕方まで過ごさねばならない。事前の計画と体の欲求のせめぎ合いはかなり激しかった。
昼食後、
会話もせずに黙々と歩くユウたちだったが、急にジェイクが立ち止まった。その瞬間、大きな羽音が耳に入る。
「
最後尾のレックスが呻くように警告した。
全員が立ったままじっとしていると、20イテック程度の全身が黒と黄色の縞模様の蜂が姿を現す。何かを探しているのか、前方から大きく鳴る羽音がふらふらと上下左右に揺れた。
ジェイク、フレッド、アーロン、そしてユウのところまでやって来た
振り向いて
「あ~ぶるったぜ! 群れからはぐれたのか、あいつ?」
「知りませんよ。僕は初めて見たんですから。
独りごちたレックスに律儀に反応したユウはしゃがんだ。
その様子を見たアーロンが笑う。
「余計なことをしなかったのはえらいぞ、ユウ!」
「動くなって言われましたからね。それより、大きな蜂じゃないですか。この森にはあんなのが当たり前のようにいるんですか?」
「いるぞ。厄介だがあいつはまだましな方だ。さっきみたいに正しい対処をすれば襲ってこないからな」
「習性が虫のままだとしたら、巣に近づくと危険なんでしょうね」
「よくわかってるじゃねぇか。その通りだ。普段は小さい動物を餌にしてるが、巣が危ねぇとなると人間でも襲ってきやがる。あいつのケツの先にある針に刺されたら、大型動物でも即死するから注意だぞ」
「間違っても相手にしたくないですね」
更に聞くと壮絶な苦しみ方をすると教えられてユウは顔をしかめた。詳細に語られても嬉しくない。しかし、のんきにしていられるのはここまでだった。
しばらく進んで次に出会ったのは
最初に発見したジェイクが叫ぶ。
「数が多すぎる。逃げるぞ!」
踵を返したジェイクの背後から大きさが1レテム程度の黒い蟻が姿を現した。本当に蟻がそのまま大きくなった容姿である。それが何匹も湧いてきた。やたらと動き回る姿が気持ち悪い。
仲間の行動に釣られてユウも踵を返した。どのくらい恐ろしいかは後で聞けば良いことであり、今は全力で逃げないといけない。レックスの背中を見てひたすら走る。
どこまで走るのかわからないままユウが駆けていると、アーロンの止まれという声が聞こえた。すると、すぐにレックスが走るのを止める。ユウもそれに続いた。
全員が駆けるのを止めて肩で大きく息をする。ジェイクが水袋を手にして口に付けた。背後を見ながらフレッドがつぶやく。
「どうやら撒いたようだな。ふぃ~、危ねぇなぁ」
「まったくだ。くそ、今日はツイてねぇな。しかし、あれだけの数になると無視もできねぇ。帰ったらギルドに報告しねぇとな」
まだ大きな息を繰り返しているアーロンが天を仰いだ。
夜明けの森で気付いたことは何でも冒険者ギルドに報告するという習慣がある。法規ではないが、異変に巻き込まれて死ぬことは避けたい冒険者は誰もが進んで報告していた。報告の内容は玉石混交だがないよりかはましである。
仲間の話を聞いていたユウはゆっくりと水袋に口を付けていた。最初はぼんやりとした表情だったが、ある時点で目を見開いて水袋から口を離す。
「しまった、飲み過ぎた!」
突然のユウの叫び声に4人が一斉に振り向いた。そして、言葉の内容を理解して苦笑いする。ユウは仲間の視線から逃れるように下を向いた。
にやにやしたレックスが口を開く。
「お、なかなか余裕じゃねぇか」
「そうでもないぞ。ユウは水袋を1つしか持ってないからな。かなり重要なことだぜ」
「そーいやそーだったな。けどよ、これからこういうことはいくらでもあるだろ。水袋の中身なんてすぐなくなっちまうじゃねぇか。どーすんだ?」
「さぁな?」
ユウの代わりに答えたフレッドは首を横に振った。
これに関してはユウも同じ思いだ。1袋はもちろん、森に入るのが2日間だからといって2袋で足りるわけではないことを思い知る。
「あの、フレッドもレックスも3日間森に入るときって、水袋をいくつ持って行くんですか? 3つじゃ足りないですよね?」
「俺は4つだな。あんまり飲まないのと、ある程度は我慢できるからな」
「オレは5つだぜ。大体1日1袋だとして、5割増しくらいを目安にしてんだ」
「お前は汗かきだからな、レックス」
寄ってきたフレッドも加えて3人で水について話をした。
森に入るときに水袋を持っていくことに慣れていたユウだったが、ここまで切羽詰まったことはない。水袋1つがここまで重要になるとは予想外だった。
腰に水袋を戻しながらユウはつぶやく。
「なるほど、多めに持っていくんだ」
「獣の森じゃ日帰りだったんだってな? それじゃその認識だったのもしょうがない。が、ここだとちょいとその考えじゃ危険だな」
「そーそー、喉の渇きって思った以上にきっついからなぁ。まぁけど、その状態で帰って酒を飲むとたまんねぇんだが」
「その意見にゃ賛成だが、俺はそこまでしたくねぇなぁ」
完全には賛意を示さなかったフレッドがレックスに呆れた。さすがに酒のために喉を渇かすきはないようである。
3人が水から酒の談義に移ろうとしたときになって、アーロンが割って入ってきた。その目はいささか真剣である。
「お前らそこまでだ。今からすぐに出発するぞ。今日は思ったほどまだ稼げてねぇ。いくら何でもまずいから、これからは積極的に魔物を狩る。いいな」
「任せな! やってやるぜ!」
「よっしゃ、本気を出してやるぜ!」
嬉しそうにフレッドとレックスがアーロンに応えた。
その隣でユウもうなずく。昨日1日で
魔物によって換金額が変化するのはユウも知っているので、ここから巻き返すとなると単価の高い魔物を狙うことになる。もちろん狙い通りに遭遇するとは限らないが、少なくとも見つけた魔物は片っ端から殺していくことになるのは間違いない。
冬の日没は早いので時間はあるようでない。隊列を組み直して5人は再び夜明けの森の奥へと進んでいく。その中でユウはたまに腰にぶら下げた水袋を触った。
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