新しい武器について
町の中のギルドホールでユウが仕事探しに失敗してから1年が過ぎた。既にあのときのことは引きずることなく町の外で生きていく覚悟はできている。とりあえず貯金することを目標に獣の森で働いてきたが、現在は色々なことが変化していた。
まず、最も大きいのが意識の変化だ。当初は避けていた冒険者だが、あるいはやれるのではと最近思うようになってきている。グループ内の狩猟組として働き、仲間からも評価された結果だ。今ではもうほぼ冒険者を目指していると言っていい。
所持品についてもこの1年で変わってきている。グループから借りている道具を手始めに、使い慣れている物を買い直しているのだ。更に
そのせいで貯金に関しては随分と寂しい。なんと1年前とほぼ変わらない額しか手元にないのだ。つまりこの1年で稼いだ報酬は武器や道具の購入にほぼ使ったわけである。
もう1つ、ユウの周りも変化した。ニックとダニーは既にいない。代わりにウォルト、ティム、ロイが入ってきた。今の様子だと今年も人の出入りがあるだろう。その先陣を切ったのがチャドだ。
年末年始は6日間休みとなるユウたちのグループは思い思いに過ごす。ユウはケントに武器の手入れの仕方を習い、ビリーは師匠の薬師の元へ通い、アレフとパットとロイは家でのんびりと過ごし、エラは泥酔亭で働き、マークとウォルトとティムは外出していた。
しかし、その中にチャドの姿はなかった。6日間の休みに入った直後に巣立ったのだ。寒さが身に堪えたスコットから早く来てほしいという要請があったからである。こうして、また1人ユウの先輩が去った。
それを寂しがっている暇はユウにはない。やることはいくらでもあるのだ。
一昨年から続けている走り込みと素振りは相変わらず続けていた。一の刻の鐘が鳴ると共に起きて貧民街の外周を走り、戻って来ると棍棒で素振りをする。今やすっかり日課となったこれらは休息日以外続けていた。
また、ニックに教えてもらった内容の練習を獣の森から帰って夕食までの間に続けている。こちらはマークの勉強と1日交代で実施している。
他にも、休息日の朝に道具の手入れをしていた。このやり方はケントやビリーから教えてもらうことで何とかできるようになる。
こうして、新年を迎えた後もユウは充実した日々を送っていた。
現在、ユウは獣の森の中で猪と対峙していた。殺意に満ちた猪の初撃を躱すと、棍棒を構えてその様子を窺う。
突進を躱された猪は悲鳴のような雄叫びを上げて体を反転させた。そして、わずかな間鼻面を地面に近づけて猛りながら突撃の構えをとる。
左手に悪臭玉を持ったユウは油断なく猪を見据えた。自分の体と同程度の大きさの動物に体当たりされたら無事では済まない。怪我をしたくなければうまく躱すのは必須だ。
「プギィィ!」
猛り狂った猪が再び突っ込んで来た。直線的な動きなのでまだ躱しやすい。
ユウは既に見切っている瞬間に横へ飛ぶ。同時にその場へ悪臭玉を落とした。
「プギァァアァ!?」
突撃のときとは違う悲痛な鳴き声が森の中に響いた。突撃の勢い余ってハラシュ草の粉末が広がる範囲から猪は突き出てきたが、その場でもだえ苦しむ。
棍棒を持って近づいたユウは猪の頭にめがけて棍棒を振り下ろした。手加減は一切なしで思い切り叩く。猪の悲鳴と怒声が更に強くなった。
皮膚が破れたのか猪の頭部に赤いものが目立つようになる。それに合わせて動きが鈍くなった。
それを見計らってユウは棍棒から手を離すと猪に馬乗りになった。すぐにダガーを鞘から引き抜く。そして、逆手に持った鈍い銀色をした刃先を猪の目に突き刺した。更に力の限り押し込む。
「ピィギャァアアァァァ!」
ひときわ大きな断末魔を上げた猪は痙攣した後に動かなくなった。
ぐったりとした猪の上で刺さったダガーを手にしたままユウはため息をつく。そのまま動かない猪をじっと見る。
ダガーを使うことで戦いは確かに楽になった。棍棒で叩き殺そうとするとかなり時間がかかる上にかなりの重労働になる。なので今までは刃先の欠けたナイフで刺し殺していたが、刃が短いせいか殺しきるまでの時間はどうしても長くなった。
猪から降りたユウはダガーを引き抜こうと手に力を入れる。しかし、ほとんど動かない。愚痴りながらユウは両手で持って体全体を使って再びダガーを引き抜こうとした。今度は少しずつ抜けていく。
「うわっ!?」
最後の瞬間はすっぽ抜けるようにダガーが猪から抜けたのでユウはよろめいた。結構時間がかかったが、これでは複数の獣を相手にしているときは致命的である。
持っていたぼろ布でダガーの刃先を拭うと鞘へとしまった。棍棒を拾ってから1本の木の根元に向かう。
「マーク、降りてきていいよ」
「あー怖かった。もう終わったんですか?」
「たぶんね。向こうも戦う音はしないから大丈夫なんじゃないかな。薬草を麻袋に入れておいてよ。終わったらあっちに行こう」
「わかりました」
指示されたマークが採取場所へと戻っていった。ユウもその後に続く。成獣の猪を1体仕留めたが、大きすぎて持って帰ることができるか怪しい。ケントに相談する必要がある。
足を止めたユウは大きくため息をついた。その息はほとんど白くならない。獣の森の中は外に比べてあまり寒くなかった。危険の多い森だが、これは数少ない利点だとユウなどは思う。
「これでよし。終わりました。みんなと合流しましょう」
跪いて作業していたマークが立ち上がった。それを見たユウはうなずいて歩き出す。
冬の森の中は生冷たいという表現がぴったりだった。湿度はそのままで気温だけが下がった感じである。真夏や梅雨と比べてどちらがましかという話題はよく雑談のネタになるが、大抵は冬の方がましという結論になった。真夏と梅雨の時季は息苦しすぎるのだ。
仲間が作業をしているはずの場所へと2人が向かうと、ケントとウォルトが立っていた。何か話をしているその近くで地面にしゃがんだパットとティムが薬草を麻袋に入れている。
ユウとマークが近づくと4人が2人に気付いた。ウォルトが声をかけてくる。
「そっちはどうでしたっすか?」
「猪を1匹倒した。ただ、大きいから持って帰れるのか怪しくて、ケントに確認してほしいんだ。ケント、一緒に来てくれますか? マークはここに残って」
「わかった。それじゃ行こう」
お互いに指示を出した後、ユウはケントを連れて元の場所へと向かった。その間にケントが尋ねてくる。
「大きさは?」
「僕と同じくらいです。傷は左の目からダガーを入れたんでほぼないですよ。毛皮を取るならいい状態だと思います」
「それなら持って帰りたいな」
狩猟をしたときの利用料として冒険者ギルドに取られてしまうことがわかっているが、それでも惜しいという感情が湧くこともあった。
それに、仕留めてもどうせ手に入らないからと獣の死体をいつもうち捨てていると、冒険者ギルドから注意されることがある。なので、可能な限り持って帰る必要があった。
やがてユウが仕留めた猪の死体が見えてくる。殺したときそのままだ。ケントが簡単に検分してから顔を上げる。
「確かにいい状態だな。これなら毛皮も高く売れるだろう」
「自分たちのものになるなら喜べるんですけどねぇ」
「面白くないという気持ちは俺もわかる。けど、そこは我慢だ」
「そっちは何か来ました?」
「何も。ただ、野ウサギを1匹仕留めた」
「ということは明日はスープに肉が入るんですね!」
「ああ、久しぶりだ」
しばらく肉なしスープが続いていたのでユウは顔をほころばせた。ニックが去って以来、獣を仕留められる可能性がかなり減ったので、以前ほど肉を食べられなくなっていたのである。
「ところで、ダガーはうまく使えているか?」
「微妙ですね。使い方が合っているのかもわからないですし」
「冒険者ギルドの戦闘講習を受けたらどうだ?」
「今本当にお金がないんですよ。受講料って銅貨3枚でしたよね? それすらないんです」
「それは、すまない」
珍しく無表情でなくなったケントが目を逸らした。
そんなケントにユウが明るく話す。
「大丈夫ですって。幸いこのグループは安定して稼げますから!」
「金に余裕がないなら無理をして受けなくてもいい」
「わかってます。その辺は考えて判断しますよ」
「ならいい」
平常なユウの姿を見たケントはうなずいた。そして、すぐにこの仕留めた猪を持って帰る指示を出す。
最終的には、ケント、ユウ、ウォルトの3人で枝にくくりつけた猪を持って帰ることになった。こういうときに巨体のウォルトは便利である。
翌日のスープにはしっかりと兎の肉が入っていた。
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