ようやく整ったグループ

 夏の気配がすっかりなくなり、本格的な秋となってきた。秋の収穫祭が近づいてくる中、ユウたちは獣の森へと向かう。


 1日交代で獣の森の仕事に就くことになったマークは今日が初めての参加だ。留守番組の仕事は早々にこなせるようになったので、前倒しでパットの要望を実現することになったとユウは聞いている。


 そのマークは初めて仕事なので緊張していた。態度に落ち着きがない。


 森の手前で虫除けの水薬をマークに差し出しながらニックが伝える。


「この虫除けの水薬を顔や手に塗っておけ。そうしたら虫にたかられないぞ」


「うっ、これは」


「臭いはきついが効果は抜群だぞ」


 他の者たちが当たり前のように塗っているのを見てマークも諦めて塗り始めた。露骨に嫌な顔をしている。


 それを見たダニーが薄笑いしていた。不思議そうにビリーが尋ねる。


「何が面白いの?」


「エラみたいに嫌そうな顔してんなって思ってよ。あいつは更にうるさかったが」


「毎回文句言ってたもんね。静かに塗ってくれるんならいいんじゃない?」


 準備が終わるとグループは森の中へと入った。近頃は暑苦しくなくなって過ごしやすい。


 グループのペアについてはほぼ前と変わらなかった。ニックのペアがパットかマークのどちらかというくらいである。


 薬草採取はペア単位でするものだが、マークは今回初めてなのでユウが教えることになった。ビリーから教えてもらって半年、今では採取場所の調査をするまでになっている。更に勉強会で知識も身につけているからという理由でビリーが推薦したのだ。


 最初の採取場所に到着した一行はすぐに作業に取りかかった。ユウはマークを連れて薬草の前でしゃがむ。


「腰のベルトから麻袋を外して自分の横に置いて。次にスコップを手にして。よし、それじゃ今から薬草の説明をするね。目の前にあるのはベスティ草と言って」


 薬草の種類とその特徴から始まって、スコップの使い方や薬草の掘り出し方をユウは順番に説明していった。それを同年代であるマークが真剣に聞いている。


 2人の背後はニックとダニーが立って警護していた。ニックはじっとしているが、ダニーは剣の柄を触り続けて落ち着きがない。


 その様子をちらりと見たニックが半ば呆れて声をかける。


「お前、本当に剣が好きなんだな」


「夢に一歩近づいた印なんだから当然だろ? ニックだって弓を手に入れたときは喜んだんじゃねーのかよ」


「そりゃ嬉しかったさ。とにかく手入れをしていたなぁ」


「オレとおんなじじゃねーか」


「まーな。けど、手入れはこまめにしておけよ。道具は使ってるとどうしても傷むからな」


「わかってる。テリーにもよく言われたよ。だから一緒に手入れの道具も買ったんだ」


「だったらいいさ。あとは練習あるのみだ」


「素振りなら毎日欠かしてねーぜ!」


 楽しそうにダニーがニックへと言葉を返した。ユウから見ても、剣を手に入れてからのダニーは安定感が増している。武器として棍棒とはそもそも比べものにならないということもあるが、頼り甲斐があるというのは嬉しい限りだ。


 時間は流れてゆく。説明してから作業させるということをユウが繰り返した結果、マークは教えたことならばとりあえずできるようになってきた。物覚えが悪くないのは朗報である。


 昼時になったので全員が集まって昼食が始まった。食べるものはいつもと同じ干し肉と水袋に入った薄いエールだ。


 雑談しながら食事をしていると、マークがユウに話しかけてくる。


「その棍棒って何のために持ってるんですか? 薬草を採るためじゃないですよね?」


「あーこれね。一応戦うためなんだ」


「採取組って獣が出てきたらすぐに逃げるんじゃないんですか?」


「その通りなんだけど、身を守るためにある程度は戦えるようになっておいた方がいいと思ったんだ」


「僕もそうなった方がいいですか?」


「グループ全体のためなら戦えるようになった方がいいな。けど、結局は自分がどう思うかだよ。ビリーなんかはその辺割り切っていて薬草採取に特化してるし」


 話をしてからユウがビリーへと目を向けるとマークもそれに続いた。視線に気付いたビリーが笑い返してくる。


「ユウ、ちゃんと教えられてるかな?」


「今のところは大丈夫だよ。ニックからの突っ込みもないし」


「そりゃ良かった。なら全部任せてもいいよね」


「一人前の採取組にするのならいけると思うよ。薬師は難しいけど」


 肩をすくめたユウが笑うとビリーも続いて笑った。和やかな雰囲気が広がる。


 しかし、1人ケントが眉をひそめた。振り返って草木を睨む。


「何か来た。人間じゃない?」


「くそ、こっちは飯時だってのに。ビリー、ユウ、マーク、木に登れ。ダニーは剣を抜け」


「やってやるぜ!」


 一瞬で顔つきが変わったニックの指示で全員が跳ね起きた。ビリーとマークは木の幹に飛びついて登ろうとする。


 棍棒を手にしたユウはマークの足下で構えていた。事前に確認したところ、マークは木登りが苦手だと判明したのだ。そのため、ある程度登れるまでユウが守ることになっている。その分ユウが危険に曝されるが、ここで日頃の訓練が活きるはずだった。


 草木から現れたのは複数の猿だった。全身茶色の毛に覆われた一般的な姿だが、体格がユウやダニーとほぼ同じとかなり大きい。


「キキィ!」


 鳴き声を上げながら猿たちは動き回った。しかし、一定の距離からは近づいて来ない。10匹近い猿がニック、ケント、ダニーを半包囲する。


 いつもの獣と違う動きにユウたちは戸惑った。耳障りな鳴き声を上げながら動き回る猿を見てダニーがつぶやく。


「なんだこいつら。何がしてぇんだ? うぉ、危ねぇ!」


「投石か、厄介だな!」


 囲んでいた猿たちは1匹が石を投げ始めると、次々にニックたちへと石を投げてきた。


 剣を手にするケントとダニーが前に出ると猿は下がり、ニックが矢をつがえると狙われた猿は動き回った上に他の猿が投石を集中させる。なかなか知恵が回る猿だった。


 それを少し後方から見ていたユウは幸い猿にほとんど狙われなかった。木の上に登ろうかとも考えたが、猿相手にあまり意味がないと思って足を止めている。


「みんな、剣や弓じゃなくて、石を投げ返せ!」


 近くにあった手頃な石を掴むと、ユウは少し移動して一番近くにいる猿に投げつけた。それは避けられてしまったが、それでも猿を警戒させる。


 ユウの声を聞いたニックたち3人は武器をしまうと足下の石を投げ返し始めた。突然の反撃にしばらく戸惑った猿たちだが、数を頼みに更に石を投げ返してくる。


 このままでは不利なままだと思ったユウは棍棒と石を手に猿へと近づいた。当然近づかれた猿は離れようとするが、そのとき手に持っていた石を素早く投げる。


「ウギャッ!?」


「うああ!」


 石をぶつけられた猿は驚いて立ち止まってしまった。その間に全力で走り寄ったユウはその勢いをそのままに声を上げて棍棒を振り下ろす。猿は奇妙な声を上げて倒れた。


 仲間の猿が昏倒した姿を見た他の猿たちは、怒りの表情を浮かべてユウに石を投げつける。投石が届かないと知った猿は近づいてでも石をぶつけようとした。ところが、そのうちの1匹の首筋に矢が刺さる。


「ケント、ダニー、突っ込め!」


「やってやらぁ!」


 完全に無視されたニックが矢を放ち、ケントとダニーが剣を抜いて突撃した。ユウに石を投げることに夢中だった猿たちは次々に倒されていく。


 木の陰に隠れて投石をやり過ごしていたユウはその一部始終を見ていた。半分ほどの猿が倒れると残りは森の奥へと逃げて行く。


 戦いの気配がなくなると、ユウは3人の元へと向かった。


 最初に声をかけたのは体の力を抜いたニックである。


「声をかけてくれたのは助かった。けど、木には登ってなかったんだな」


「猿だから木の上にも登ってくるから意味がないって思ったんです。それに、最初は一方的にみんなが石を投げられてたから」


「うーん、返す言葉がないな」


「けどお前、よくあの猿に突っ込んだな」


「あの1匹だけちょっと離れていたから、1対1なら何とかなるって思ったんだ。その後集中して石を投げられるとは思わなかったけど」


 感心するダニーに対してユウは苦笑いした。実際あのときは次にどうしたら良いのかわからずじっとしているだけだったのだ。


 言葉が途切れたところでケントが口を開く。


「助かった」


「あ、うん」


「まぁ、何にしてもみんな無事で良かった。次はもっと安全に獣を退治したいな」


「ちげぇねぇな!」


 豪快に笑うダニーに釣られて他の3人も笑った。


 頼りになる人が抜けて不安だったユウだったが、今回の戦いを機に何とかなると思えるようになる。足りないところがあるのならまた補えばいい。ユウは信頼できる仲間を見てそう思った。

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