新しい体制

 緊張を強いられた走り込みから戻って来たユウは、朝食後にそのまま獣の森へと仕事に向かう。走った疲れを抱えたままというのは実はこれが初めてだ。以前ニックに聞いた話を思い出して走りすぎたことを後悔する。確かに調整は必要だった。


 そのニックであるが、今回グループのまとめ役になって初めての仕事となる。周囲が見る限りはいつも通りだ。


 森の手前で水薬を塗っているときにダニーがニックに尋ねる。


「なぁ、テリーの代わりにまとめるって今回が初めてだろ? 緊張してねぇ?」


「まったくないといったら嘘になるが、実のところほとんど今まで通りだな」


「へぇ、やっぱり下積みの賜物ってやつか?」


「それもあるが、面子を見てみろよ。テリー以外は今までと同じじゃないか。これじゃ緊張のしようがないだろ?」


 虫除けの水薬を塗る他の仲間を見たダニーは黙った。確かに代わり映えしない顔である。


 いつものように水薬を塗り終わるとニックは仲間に向き直った。そして告げる。


「それじゃ中に入る。ペアは昨日言った通り、俺とパット、ケントとビリー、ダニーとユウだ。ダニーが棍棒だけっていうのはちょい不安だが、しばらくは我慢だな」


「次の休息日には剣を買うから大丈夫だって!」


「急かすように言っておいてなんだが、じっくり選んで買えよ。いいのがないと思ったら無理して買うんじゃないぞ」


「心配すんなって! 実はもう決めてんだ! ホレスさんにも言ってあるんだぜ!」


「取り置きしてもらったのか。まあいい。ただ、今はまだ慎重にな」


「おうよ!」


 調子良く返事をしたダニーは棍棒を上に突き上げた。その様子を見たニックは小さくため息をついてから出発を告げる。


 一行はいつも通り森の奥から薬草の採取を始めた。ビリーとユウが採取場所を調査し、たくさん採れる場所だとわかれば作業に移る。


 ユウもすぐに薬草を採り始めた。今ではビリーに次いで薬草を採り慣れている。その手つきに滞りはない。


 ペアのダニーは背後で周囲を警戒している。以前と違って素振りはしていない。手に棍棒を持ったままじっとしていた。


 最初にしゃがんだ場所の薬草を採り尽くしたユウは麻袋に薬草を入れて立つ。背伸びをしてから地面に置いていた棍棒を持ち上げた。


 それを見ていたダニーがユウに問いかける。


「お前のその棍棒、オレのより大きくねぇか?」


「大きいよ。こっちは元々素振り用として作ったやつだからね」


「素振り用の方が大きいのか?」


「そうだよ。素振りは腕を鍛えるのが目的だから重いやつを使うんだ。仕事だと重くて振り回せなかったら困るでしょ?」


「あーなるほど。そりゃ言えてる。でも、重い方が威力があるんじゃねーの?」


「確かに威力はあるけど、当たらなかったら意味ないよ」


 両手に麻袋と棍棒を手にしたユウは次の場所へと歩き始めた。その後にダニーが続く。しかし、その間も疑問はつきないらしく、質問が途切れない。


「それじゃ今その重い棍棒を持ってきてるのってまずいんじゃねーの?」


「それがね、最近はこれに慣れてきたからあんまり苦にならなくなってきたんだ」


「ということは、腕が鍛えられたってわけだな」


「その通り。だから今はもう1つ重い棍棒を作って、そっちを素振り用にしたんだよ」


「一体いくつ作るつもりなんだ?」


「これで最後になると思う。ただ、これもそうだったんだけど、握りの部分を削るのが難しくて、いい感じにするのに時間がかかるんだよ。だから、今作っているのもしばらくは手を入れ続けることになると思う」


「そこまでしてるとはね。オレは早く剣を買って素振りがしてーなぁ」


「もうすぐなんでしょ?」


「おうよ! 楽しみで仕方ねーんだ!」


 嬉しそうに言葉を返してくるダニーを見てからユウはしゃがんだ。


 その後も順調に薬草の採取は続く。昼食まで邪魔されることなく作業は続けられた。


 昼の食事が終わるとユウは木の幹にもたれて目を閉じる。疲労がきつくなってきたのだ。


 近くに座っていたビリーが声をかけてくる。


「ユウ、体の調子が悪いの?」


「違うよ。早朝に走りすぎて疲れたんだ。今寝ておかないとこの後の作業がつらくなる」


「根を詰めすぎだと思うな」


「今朝は初めてだったから目測を誤っただけだよ。明日からはもっとうまくやるって」


 目を閉じたまま返答したユウは口を閉じると意識が落ちた。


 昼休憩の終わりと共にダニーにたたき起こされたユウは自分の担当場所に移る。短時間しか寝ていないが頭も目もすっきりしたので元気よく作業を再開した。


 この辺りは特に薬草が多くいくらでも採れるのでユウの顔もほころぶ。1袋目の麻袋は既に満杯で2袋目も半ばに達していた。思わず喜びが漏れる。


「今回は一番豊作かも」


「ユウ、何かいる。いつでも木に登れるようにしとけ」


 声を重ねるように警告してきたダニーへとユウは振り向いた。次いで周囲に目を向ける。しかし、どこに何がいるのかわからなかった。腰を落としたまま目星をつけた木にゆっくりと近づく。


「来た! 狼!」


「ゥガアァ!」


 合図の叫びと共にユウは走り出した。一気に幹にしがみついて登る。木の半ばまで登ったところで下を向くと狼が顔を上に向けていた。


 群れで獲物を襲う習性があるとユウは聞いたことがある。それを思い出し、ダニーが複数の狼に囲まれている可能性を想像した。


 焦りの色を浮かべたユウは急いで悪臭玉を腰から取り出す。もう1度下を見るとまだ1匹の狼が木の根の辺りをうろついていた。ためらうことなくその近くに悪臭玉を落とす。近くの地面にぶつかった悪臭玉は口を開けて加工されたハラシュ草の粉を撒き散らした。


 狼はその玉を避ける。しかし、撒き散らされた粉塵からは逃れられなかった。顔にもかかった途端に強烈な悲鳴を上げる。


「ギャワン!?」


 前足で鼻をかいてもだえ苦しむ狼が地面にのたうち回った。とても周囲を警戒するどころではない。


 慎重に木の幹を降りながらユウは下の状況を見極める。その間に先端の欠けたナイフを取り出した。


 ハラシュ草の粉塵がある程度治まったところでユウはもだえる狼の上に飛び降りる。


「うわあああ!」


「ギャフ!」


 ハラシュ草の粉の悪臭に気を取られていた狼は息を吐き出すような悲鳴を上げた。子供とはいえ人間1人をいきなり背中に受け止めて全身を硬直させる。


 大声を上げながらユウは逆手に握ったナイフを両手で持って一気に振り下ろした。先端は欠けているがそれでも刃物だ。傷は付く。首の近辺に考えることなくひたすらナイフを打ち付けていくと徐々に赤い物が広がっていった。


 やがて狼が動いていないことにユウは気が付く。息切れしたまま狼の頭を見ると舌を出して死んでいた。両腕を見ると、袖口の辺りまでが赤黒く変色している。


「はぁはぁはぁ」


「おい、ユウ! 大丈夫か!?」


 最初に声をかけてきたのはダニーだった。心配そうにユウを見ている。


 その問いかけにユウはわずかにうなずき返した。確かに怪我はしていない。


 安堵のため息をついたダニーは疑問を口にする。


「なんで木の上に登らなかったんだ?」


「登ったよ。でも、狼だってわかったから真下にいる狼を自分でやっつけたんだ」


「狼だと何かあるのか?」


「狼って群れで襲う習性があるじゃない。だから、ダニーが何匹かの狼に同時に襲われているんじゃないかって思って」


「オレを助けるために、こいつをやったのか」


「そうだよ。ダニーの武器ってまだ棍棒でしょ? 剣ならともかくそれじゃ危なくなるんじゃないかって思ったんだ」


「あーまぁ、助かりはしたけどよ」


「え?」


「お前がそいつをナイフで滅多刺ししたのを見てブルちまったのか、逃げて行ったんだ」


「そうなんだ」


 話ながら立ち上がったユウはぼんやりとダニーを眺めた。考えがうまくまとまらないのか次の言葉が出てこない。


 そのときになってニックが姿を現した。ユウの様子を見て目を見開く。


「ユウ、怪我をしたのか!?」


「違います。狼をナイフで刺し殺したせいで血だらけになっただけです」


「お前が戦ったのか?」


 不審に思ったニックにユウは事情を説明した。ダニーが悪くないことを主張する。


 話を聞き終わったニックは頭をかいた。渋い表情のまま口を開く。


「いきなり悪い面が出たな。次の休息日まで待つつもりでいたんだが」


「ニック、ダニーが剣を買うまで僕も一緒にいた方がいいかな? 悪臭玉を投げるくらいならできると思うんだ」


「採取組を危険に曝すのは良くないんだけどな」


 苦り切った表情のニックが独りごちた。グループの問題点をいきなり突かれてしまった形だ。


 結局、あと数日だけの問題だからということでユウの案が採用されることになる。ダニーは面白くない顔だったが手にする棍棒の頼りなさに黙らざるを得なかった。

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