それぞれの夢

 木の皿に入ったスープが湯気が上がっている。くず野菜や豆類、それに硬いパンを朝から煮込んだものだ。木の匙ですくい上げると、やや水っぽいがどろりとしている。


 今朝の朝食まで町の中で食べていたスープとほとんど同じものをユウは口に入れた。豆やパンの残骸がざらりと口の中に広がる中、まだ形が残っているくず野菜の芯が歯ごたえを提供してくる。


「味はそんなに変わらないけど、こっちの方がお粥に近いね。それに、くず野菜の芯が思ったよりも柔らかいや」


「どうだ、オレたちの食いもんだって悪かねぇだろ?」


「そうだね。これはこれでおいしいと思う」


 満足そうな表情を浮かべるダニーにユウはうなずいた。使っている食材の質や鮮度は町の中の方が良くても、結局は煮込んでしまえば全部同じだと知る。これで肉が入る日も割とあるのならばむしろこちらの方が良いとまで思えた。


 食事の最初の方は会話もほとんどなく進む。誰もが腹を空かしているので木の匙が忙しく動いた。最初に木の皿を空にしたのはダニーで、勢いよく立ち上がって鍋からおかわりをよそう。エラ、ケント、アルフ、テリー、ニックがそれに続いた。


 ある程度腹が満たされてくると木の匙の動きが鈍ってくる。それと入れ替わるように会話が増えた。話題はやはり初めてやって来たユウが中心である。


 最初にアルフが口火を切った。3度目のおかわりをしたユウに顔を向ける。


「そういえば、ユウは将来何かしたいことはあるのかい?」


「え、将来ですか?」


「ああ。ここに集まっているみんなは元は血の繋がりのない赤の他人だ。けど、それが集まって助け合っているのは生活のためだけじゃないんだよ。それぞれみんなやりたいことがあって、準備が整うまでここにいるんだ」


「アルフさんも?」


「さん付けはよしてくれ。アルフでいい。それと、俺は例外だな。怪我で右足がうまく動かなくなったから、今の生活を続けていくしかないんだ。その代わり、みんなが巣立っていく手伝いをしているんだよ」


「みんな先のことを考えているんですか」


「ユウがここに来る2日前にも出て行った子が1人いた。必要なだけ貯金ができたからと言っていたな」


 穏やかに話すアルフからユウは目を離した。当面の目標というものなら確かにある。ただし、それがアルフのいう将来のしたいことなのかと問われると言葉に詰まった。


 その様子を見たアルフが言葉を続ける。


「いずれ見つければいいことだよ。すぐに見つかるとも限らないしね」


「はい。でも、当面の目標ならとりあえずはあります。お金を貯めてギルドホールで職探しをすることですけど」


「町の中でまた働きたいわけだね」


「それもあります。ただ、実は今朝ギルドホールで職探しをしようとしたら、お金が足りなくて門前払いになったんですよ。ですから悔しくて」


「ははは! なるほど、1度くらいは挑戦したいわけだ」


「そうです。もっとも、お金を貯めるのにかなり時間がかかりそうですが」


「町に入るための入場料だけでも高いからね。確かに先は長そうだ」


 楽しそうに笑いながらアルフはうなずいた。


 2人の話を聞いていたダニーがスープをかき込むと口を挟んでくる。


「オレはいつか魔物を狩る冒険者になるんだ! こう剣を振るってバッサバッサと強いヤツ倒して、夜明けの森の奥にあるお宝を手に入れてやるのさ!」


「へぇ、あの森の奥にお宝があるんだ」


「誰も行ったことのない場所のことなんかわかるわけないでしょ。ダニーが勝手に言ってるだけよ」


「何言ってんだ、エラ! ぜんじんみとーの地だからこそあるかもしれねーだろ! ユウはそう思うよな!?」


「え? うん。あるかもしれないよね」


「ほらみろ! オレが一人前の冒険者になったら、ユウもパーティに入れてやるからな!」


 自分の意見を肯定されて喜んだダニーが木の匙をユウに向けて叫んだ。呆れた顔のエラのことなどお構いなしである。


 鼻息の荒いダニーは木の匙を木の皿に戻すとテリーに顔を向けた。そして、楽しそうに声をかける。


「オレはまだ先の話になるけど、テリーはもうちょいなんだよな! 今度注文した鎧を取りに行くんだろ?」


「そうだね。一番高かったけどやっと買えて良かったよ」


「ということは、テリーも冒険者になりたいんですか」


「ああ。獣の森で薬草採取しているよりもずっと稼ぎはいいらしいからね。もちろん危険なことは承知の上だよ」


「なら、もうすぐここを出ていくんですか?」


「今すぐじゃないよ。まだ買わなきゃいけない物もあるし、何より入れてもらえるパーティを探さないといけないから。当面はまだここにいるよ」


 苦笑いするテリーの言葉にユウは安堵の表情を浮かべた。頼れる人がいきなりいなくなるのは不安だったからだ。


 次いでエラが声を上げる。


「あたしわね、大人になったら酒場で働くの! それでみんなにたくさん食べたり飲んだりしてもらうんだから! テリーもあたしのいるお店に仲間と一緒に来てよね!」


「わかったよ」


「エラ、どこの酒場で働くかってもう決めているの?」


「サリーのところよ! ユウもあたしのお店に来なさいよ!」


「サリーって誰?」


「安酒場街にある泥酔亭のタビサさんの娘なんだ。いずれ近いうちに行くことになるよ」


 初めて聞く名前に困惑したユウがテリーに教えてもらった。エラはテリーの言葉に力強くうなずいている。将来の客を確保できたとご満悦の様子だ。


 上機嫌なエラの様子を見ていたニックが次いでユウにしゃべる。


「俺はどこかの村で猟師になれたらと思ってる。獣を狩るのが得意だからな」


「猟師を必要としている村ってどうやって探すんですか?」


「そこが難しいんだ。冒険者になって村の依頼を受けるか、あるいは開拓団の募集に応じるかなんだけど。今はちょっと様子を見てる状態かな」


「開拓団の募集ですか。そんなのどこでやっているんです?」


「冒険者ギルドだよ。手を上げるのは食い詰めた奴や貧民だからうってつけってわけさ」


「あそこそんなこともしているんですか。あ、獣の森で猟師をするのはどうなんです?」


「うーん、あそこの獣は凶暴で数も多いから1人だと危ないのがな」


 難しい顔をしたニックがうなった。ユウはまだ獣の森の獣を見たことはないが、慣れた人でも危ないのかと内心驚く。


 少しの間目を閉じていたニックは小さくため息をついて会話に戻って来た。そして、ビリーに顔を向ける。


「俺もなかなか厄介だけど、ビリーも困ったもんだよな」


「あはは、そうですね」


「そういえば、ビリーはどうしたいの?」


「僕は将来薬師になりたいんだ。書物は高くて手が出せないけど、それなら実際にたくさんの薬草や毒草を見て覚えようかなって考えているんだ」


「ビリーはすごいぞ。簡単な薬や毒なら調合できるからな。俺たちの使ってる虫除けの水薬や悪臭玉はこいつが作ってるんだ。おかげでその分金を使わずにすんでる」


 ニックに褒められたビリーが頭を掻いて照れていた。


 その様子を見ていたユウはぱっと思いついたことを口にする。


「ビリーって字の読み書きってできるの?」


「それがまだなんだ。文字を見かけたらできるだけ覚えようとしてるんだけどね。書物を買う前にそっちをなんとかしなきゃいけないんだ」


「だったら僕が教えてあげようか? 書物に書かれている文字と同じかはわからないけど、商売とか契約書とかの文字だったら教えられるよ」


「ほんと!? いいの? ああそうか、ユウって町の中の商店で働いていたんだっけ。うわぁ、ありがとう!」


「代わりに、僕に薬草とか薬の調合のことを教えてくれないかな」


「いいよ!」


 喜びのあまりビリーは立ち上がった。珍しくダニーよりもはしゃいでいる。


 予想以上の浮かれようにしばらく呆然としていたユウだったが、まだ話を聞いていない人物が2人いることを思い出した。そのうちの1人に声をかける。


「チャドは将来やりたいことってあるの?」


「え? ぼ、ぼくは、その、毎日おなかいっぱい食べられる仕事がしたい」


「あー、それは僕もやりたいなぁ。お腹が空くのは悲しいもんね」


「そ、そうだよね!」


 何気なく肯定するとチャドが目を輝かせた。ビリーとは違って静かに食いついてくる。


 最後にユウはケントに目を向けた。実はここまでまだ一言も話していない。


 若干緊張しながらユウは声をかける。


「ケントは将来やりたいことはあるの?」


「まだ決めていない」


「そ、そうなんだ」


 無表情で首を横に振るケントを見て、ユウはそれ以上何も言えなかった。他の仲間の反応から悪い人ではないことはわかるがとっつきにくい。


 こうして新しい仲間全員との食事は楽しく過ごせた。新参者でもすぐに溶け込めるのは何ともありがたい。ユウはこの仲間とならうまくやっていけると確信した。

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