覚えとけ
そうざ
Don't You Forget it
「先生!」
また
「今日、返却された答案について、納得出来ない事があります」
やっぱり、と思った。
「どの設問だ?」
「問3です」
日本史の授業は今、奈良時代、聖武天皇の治世まで進んでいる。僅か五年の間に平城京から
生徒が『勝訴!』と言わんばかりに答案用紙を示したので、私は思わず仰け反った。答案の端には赤ペンで『94点』と記されている。
「ここです。どうして正解じゃないんですか?」
示された箇所には、ナイフで切り付けたような赤いバツ印が記されている。我ながら切れ味の良い筆致だ。
「間違いに気付かんのか?」
「えぇ……?」
採点の際、私は決して正しい答えを書き記す事はしない。正解は改めて生徒自らが導き出すべきなのだ。
生徒は答案用紙をまじまじと見詰めている。仕方ない。助け舟を出そう。
「ワドウカイチンは何製だ? 何で出来ている?」
「銅だと思います」
「何故そう思う?」
「だって、
「そこが或る意味で引っ掛け問題なんだ」
和銅元年(708年)、日本初の流通貨幣が鋳造された、というのが定説である。柔らかい銅を意味する
「ちゃんと覚えとけ」
生徒は自分の解答『和
「他にもあります、問5です、間違ってませんよね?」
「正解とは言い難いな」
「どうしてですかっ!?」
「漢字で書けてないだろ」
答案用紙には『こん田永年私財法』と不格好な文字で記されている。
「おまけで三角くらい下さいよ」
「教科書にはちゃんと漢字で書いてある」
「ど忘れしただけです」
「入試でそんな言い訳が通用すると思うか?」
「墾なんて漢字、この先、一生使わないし」
真面目を絵に描いたような優秀な生徒だけに、余程に失点が悔しいと見える。
「役に立つ、立たないじゃない。人生にはそういう事柄があると、しっかり覚えとけ」
勿論、取捨選択も必要だ。愚にも付かない情報に振り回されるのは馬鹿げている。しかし、何でも
「もう一ヶ所ありますっ」
最後の問10にも見事なバツが付いている。
「東大寺を建てたのは誰か答えよ……」
「何なんですか、この設問はっ」
「読んで字の如し。正解は聖武天皇」
「引っ掛け問題だと思って、大工って書いちゃったじゃないですかっ!」
「試験はなぞなぞじゃない、常識を問うもんだ。よく覚えとけ」
因みに、当初は『東大寺は何回焼失した事があるか、その年号と原因となった事件をそれぞれ答えよ』にしようと思っていた。
生徒はもう何も言わず、やっと職員室を出て行った。
やれやれと机に向き直ると、一部始終に聞き耳を立てていた技術科教師がにやにやしながら近付いて来た。
「ちょっと厳し過ぎやしませんかぁ?」
「大人の責務として、世の中は甘くない事を教えませんとね」
「彼は何組の何て子ですか?」
私は背凭れに身を預け、一瞬、天井を見上げてから返事をした。
「担任以外の生徒なんか、
覚えとけ そうざ @so-za
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