あの場所でもう一度思い出す時
赤いりんご
第1話 叔父
車の後部座席に座りながら窓の外をぼんやり見つめる。都会の景色とは一変して目の前には山しかない。おそらくもう少し進めば湖や田んぼも見えてくるだろう。
ここまで田舎の方に来るのは久しぶりなせいかずっと同じ景色を見ていても飽きない。
「あと30分ぐらいで着くはずよ」
母親が眠気覚ましの缶コーヒーを片手にハンドルを握って話しかけてきた。
昨日は11時に仕事から帰ってきたあと今日の荷物をまとめるのに時間を取られ、おそらく寝不足なのだろう。
「最後におじいちゃんの家に行ったのは確か未莉が2歳の時だから15年ぶりね」
今向かっているのは私のおじいちゃんの家、つまり母親の実家だ。来年は私が高校3年生で受験生になってしまうから、今年の夏に旅行に行こうとなった。
だが、言い始めたのが7月中旬に差し掛かる夏休み直前だったため母親の仕事が休める日にはもうどこもホテルはいっぱいだった。そんな時に母親の弟である叔父から連絡が来て久しぶりにこっちに帰ることになった。
おじいちゃんが亡くなってから家は叔父さんが管理しているらしい。
言われるがままついてきた私は今から1週間滞在する場所や叔父さんがどんな人なのかも何も知らなかった。
「ねぇ、叔父さんて1人でおじいちゃんの家に住んでるの」
「そうよ、あの子結婚してないから独り身で今はあの家に住みながら中学校の先生をしているのよ。生徒達から人気なんですって」
「叔父さんていくつなの」
中学生から人気ならばそれなりに若いのだろう。
「確か私と5つ違いだから今年で30ぐらいじゃないかしら」
母親は周りから若く見られやすく、おそらくその叔父も30歳のくせに若く見えて好かれてるのだろう。
こんなに田舎ならもっとおじいちゃんらしくて畑をするのが趣味だと言いそうな人が叔父と言うにはふさわしくないか、そんなことを考えていると山が開け湖が見えてきた。
水面が日差しで輝きいかにも夏らしさを感じる。その景色を背中にし車は坂道を登っていく
「見えてきたわあれがおじいちゃんの家よ」
後ろの窓から湖を眺め続けていた私は目線を前に戻し目に入った家を思わず2度見した。
まず家に入るまでに庭が広がっており玄関までの道がレンガで作られている。庭には名前のわからない花が咲き乱れており、芝生にはテーブルと椅子もある。その奥に見えるガラスで仕切られた空間はおそらく温室というものだろう。驚いたのは庭だけでなくその奥にある家だ。今来た道に建っていた家を思い出しても瓦屋根の平屋か、少し大きな家でも蔵があったぐらいだ。だが今私の目の前に建っているのはどう見ても洋館なのだ。
こんな坂の上に建ち周りにさっきまでのような家がないから浮いてはいないが、田んぼと畑のある田舎には少し不似合いではないか。
車から降り洋館を眺め庭を見渡していると、洋館にこそふさわしい玄関の両開きドアの片方が開き男の人が出てきた。
「窓から見慣れない車が止まるのが見えたから来てみたら、やっぱり姉さんだったか」
「久しぶりね和彦」
「久しぶり、未莉ちゃんも遠いところよく来たね。叔父さんのこと覚えてるかな未莉ちゃんが小さい頃何度か遊んだことあるんだよ。」
いかにも先生が生徒に優しく教えるような口調で話しかけてきた。なぜかわからないが、なんだかこの人は好きになれそうにない。
「小さい頃って、2歳か3歳の時でしょそんなこと覚えてるわけないわよ、ねぇ未莉」
母親の言う通り全く記憶になかった私は頷くしか無かった。そりゃそうかと笑う叔父を見てそれより暑いから早く入りましょうと母親がいつの間にか車をとめたガレージへと荷物を出そうと歩き出した。
「じゃあ僕はお茶の用意をしてくるよ、未莉ちゃんも荷物を持ってお母さんと一緒に後で入っておいで」
私はさっきのように頷くと車に向かいスーツケースを取り出し家に着いてからずっと聞きたかったことを聞いた。
「家こんなにおっきいの知らなかったんだけど、」
「あら、この家気に入ったの?お母さんが子供の頃は皆んなこの家を見てお化け屋敷って言っていたからあまり好きじゃないけど、おじいちゃんが亡くなったあと壁を塗装したからかしら今は綺麗に見えるわね、未莉が気に入ったなら良かったわ」
驚いただけで気に入ったとは言っていないがこの洋館が色あせているのを想像してみるとこの家がお化け屋敷と呼ばれるのにも納得がいく。
「おじいちゃんてお金持ちだったの」
「おじいちゃんじゃなくてひいおじいちゃんの時まではこの辺ではそこそこ有名な資産家だったらしいわよ。今はもうそんなことなくて家が残っているだけよ。」
家の中に入りリビングのようなところに通されソファーに座った。上品に紅茶でも出されたらどうしようかと思ったが幸い氷のたっぷり入ったオレンジジュースが出てきて安心した。
「家に入ってきて思ったんだけど、模様替えしたの?私が最後に来た時とは変わってるわよね」
「あぁ、少し傷んでいたところもあったから塗装の時に家の中の壁も直したんだ。もう住んでいるのは僕1人だけだから僕の好みにしたけどね」
「そうなの、あなたにしてはいいセンスしてるじゃない」
少しからかうように返す母親を横に私はオレンジジュースを飲み干した。
「未莉ちゃんの部屋に案内しようか、着いたばかりだし休憩したいだろう。姉さんは自分の部屋を使うと思ったから未莉ちゃんには客間を用意しておいたけどそれでよかったかな」
「ええ、私の部屋じゃ2人は少し狭いから頼もうと思っていたのよ。気が利くじゃない」
母親の少し偉そうな態度は気に入らなかったが何も言わず叔父にありがとうございますとだけ言った。
部屋に案内してくれるという叔父についていった。
私の部屋は2階で階段を上がって右に進んだところにあり一室でもかなりの広さで1週間快適に過ごせそうだ。
「6時になったらさっきの部屋にきてねダイニングに案内するからそこで晩御飯を食べよう。姉さんはきっと今から仮眠するだろうしそれまで好きに過ごしてくれていていいよ、外に出る時は声かけてね。」
「あの人が寝不足なのどうしてわかったんですか」
母親は休みの日でも仕事の日と同じフルメイクで寝不足も全て隠す。だから普通なら寝不足には誰も気づかない
「あぁ、それはさっき出したアイスコーヒーを飲んでいなかったからだよ。カフェイン取りたくないんだろうなって思って」
これくらい普通だよとでもいうように言われこれが大人の余裕なのか、
「そうなんですね、気づきませんでした。
ありがとうごさいます時間までは部屋にいます」
叔父はわかったよと少し微笑みながら言うと扉を閉めて戻って行った。叔父の足音が部屋から遠ざかっていくのを聞き、私は部屋の窓を開けて空気をめいっぱい吸い込んだ。
部屋から見える湖を見つめながら明日からのことを考えた。ここに来たのはただ遊びに来たのではない、あることを片付けるためでもある。スーツケースを開け衣類の下に見つからないように入れた白い封筒を取り出す。これはここで処分しなければならない、私が持っていてはいつバレるか分からないしこんな証拠は残すべきではない。
ソファに横になり写真を見つめる。捨てる場所を考えなければ、今日車で来た道を思い返し最適な場所はないか考える。出来ればこの屋敷から歩いて行ける場所がいい。そんなことを考えながらいつの間にか眠ってしまっていた。
目を覚ますと日が暮れかけていて慌てて時計を見ると言われていた時間の5分前だった。
慌てて起き上がり手ぐしで髪を整える。
1階へ急ぎ最初に通された部屋の前に行くと、二人の声が聞こえた。
「それでいつぐらいにこっちにつきそうなんだい」
叔父の声が聞こえその後にため息と共に話し始める母親の声が聞こえた。
「さっき聞いたら2日後か3日後には着きそうだって、急に連絡が来るから何かと思えば未莉に久しぶりに会いたいって、会う資格があるとでも思ってるのかしら」
会話の内容から誰が来るのか察しがついた。
「離婚してから1度も会ってなかったの」
「そりゃそうでしょ、二度とあの人の顔なんて見たくないくらいだったのに」
「じゃあどうしてここに来るのを許したの」
母親は一瞬黙ると、仕方ないかというように話し始めた。
「あの人と離婚してから未莉が私の事お母さんて呼ばなくなったのよ、どうして呼ばないのかなんて簡単に聞けなくて原因が離婚にあったならあの人と会えば何かわかるかもって思ったのよ」
母親の話し声は耳を通ってはいたが既に私の頭の中はお父さんが来ることでいっぱいだった。
このままではまずいお父さんが来る理由は私の持っている写真が本当の理由だろう。あの人がお父さんに何か言ったのかもしれない。
私があの人と会ったことがあると母親は知らない、もし知れば何を話したのかいつ会ったのか必ず問い詰めてくるはずだ。私は音を立てないように急いで部屋へ戻り出しっぱなしにしていた写真を拾う。
お父さんが来るのが早くて2日後なら捨てるチャンスは明日しかない。だけどまだ明確な場所が決まっていない、出かける理由になりそうな場所で見つからないようなところ、部屋を歩きまわりながら必死に考え思いついたのは湖だった。
散歩しに行くとでも言えばきっと外出許可は取れるだろう。明日できるだけ早く捨てに行こう。そう決めた時部屋のドアがノックされた。
「未莉ちゃんご飯の用意ができたんだけど…寝ちゃったかな? 扉開けるね。」
私は急いでベットの枕の下に写真を隠した。私が隠すのと扉が開き叔父さんが部屋に入るのがほぼ同時だった。
「あっ起きてたんだね。ごめんね勝手に開けちゃって」
見られただろうか、不自然にならないよう少し笑顔を作る。
「いえ、今起きたところなんです。すいませんすぐ行きます」
私は扉を開けてくれているおじの横を通り部屋を出た。大丈夫きっとバレていない明日さえ乗り越えれば解決する。
そう自分に言い聞かせ階段へと歩き出している後ろで叔父が扉を閉めながらベットの方に目を向けていることに気づかなかった。
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