すれ違う日常

風崎時亜

第1話 スイーツ好きのあの人

 数十年ぶりに訪れたその地区にはまだあの紅茶館があった。スコーンと紅茶のセットのクリームティーが評判のカフェだ。

 若い頃には興味が無かった一人でのカフェ巡りも段々と板に着いてきた。最初は一人でお茶をする事に抵抗があったけれども、最近では本を持ち込んでゆっくりとお一人様アフタヌーンティーなんてのもしたりしている。

 

 その紅茶館がある通りの西の方は元々オシャレだった。

 以前から数件の大学やコンサートホール等の文化施設もあって、端金でショッピングやランチをするには到底気が引けるぐらい高額で。でも紅茶館の辺りはそうでもなかった。しかし今では通り沿いのチャペルも結婚式場も建て替えや新設がされているし、高そうなマンションばかりが立ち並んでとても煌びやかに変わってしまった。

 ほんの30年前には割と田畑が目立っていたなんて、今の若い子達に言っても信じて貰えないだろうなと思う程に。


 お店には実は初めて入ったりする。クリームティーも良いけれど、私はだいたい、その店が出す数種類のスイーツがどれぐらいのものなのかがよく分かるパフェを注文する。

 帰りには近場ではこの店以外ではあまり手に入らないヌワラエリヤの茶葉を買って帰ろう…。そんな事を思って入店した。

 

 店の中はランチタイムなのに暗い。照明が落としてあるのだ。各テーブル上には西洋の家の形のランプが置いてあり、温かな光が灯っている。窓からの明るさも届くからこれぐらいで良いのだろうか。

 カフェ利用かランチ利用かを聞かれたのでカフェ利用でと答え、案内された席に行く。女性ばかりで混んでいたが、何故か奥の六人掛けのテーブルが空いていてそこに通された。そして予定通りに季節物のパフェとホットのヌワラエリヤを注文した。待っている間に、出先とはいえ中年女性が一人で入る店ではないのかな、と周りを少し見回す。


 女子大生組、おばさん組、30代と思しき女性同士。ママ友かな?皆んな楽しそうに喋りながら飲食をしている。

 と、その中に一人だけスーツ姿の男性がいた。

 同じく六人掛けのテーブルに一人。50歳前後に見える。店内の他の客が全て女性ばかりだったので、その中でも堂々としている彼の姿は一際目立った。大きめのスーツケースを横の椅子に置き、ランチを食べているようだ。時々懐かしそうに外を見つめて物思いに耽っている。

 彼の左の薬指にはキラリと光る指輪があった。今の私の指には、もうそんな物はない。


 そうか…あれだ、彼はきっと昔、妻にせがまれて一緒によくこの店に来ていたんだ。そして妻は病気か何かで亡くなって、彼は妻との思い出を懐かしむ様にここに通って来ているんだ…なんて切なくて素敵なシチェーションなんだろう…。

 私は噂には聞いていたここの店の、美味しいけれど超絶食べにくいパフェと格闘しながらそんな事を考えていた。

 そう言えば…昔新入社員で入った会社の同期の男の子にスイーツ好きがいたっけ。いつも甘い物食べてて、クッキーも一気に一缶分食べてしまうとか言っていた。彼の事はちょっと好きだったからよく覚えている。入社してからも長く学生向けのアパートに住んでいたようだけれど、今でもまだこの市内に住んでいるのだろうか。

 …待ってあのおじさん、なんか似てるわその同期に。雰囲気が横田君に…まさか。ま…まさか!


 ◇◇◇


 俺は今、昼休みの時間帯にこのカフェにいる。そうは言っても薬局に納品に回っているのだから休み時間は実質自由に取れる。

 ここのスコーンは有名だが、アップルクランブルパイやガトードポムも絶品だ。毎週火曜日に納品ついでに通っていると知らず知らずの内に注文してしまう。モンブランを食べたらこの店のケーキはコンプリートなんだが…今日はこんな混んでいる昼休み時間帯に入ってしまった。いかんせん何かと気恥ずかしいから、ついついランチセットを注文してしまったのだ。

 

 さっきも男一人なのが物珍しいのか、同じく一人で入って来たおばさんにチラチラ見られた。どうせネットで見つけて来たんだろうが…ここのパフェを注文している。うちのな、いや、うちじゃないが、ここのパフェは狂ってるんだよ、必ずデカいスクエアスコーンが乗っかってるんだ。しかも分厚いまま二個の間にデカいバニラアイスと硬めの季節のジャムが挟まっててな?

 あ〜思ってた側から苦戦してるよ。普通スコーンは手で一口大に割ってクロテッドクリームとジャム付けて食べるだろ?だがしかしパフェで出て来たらどうだ、小皿の一つもフォークもなく、ちょいとした先割れスプーン一本しか付いて来ないんだぜ…全く気をてらった不親切なパフェだ。上手いけど。もうアレだ、気取ってる場合じゃないぞおばさん。観念して手で食べろ。…あ、食べてた。


 てな事をチラ見したり考えたりしながら時々手を休めて外を眺め、感慨深げな表情を見せている。そうしたらきっと周囲の女性は『あの人男性一人でこんなオシャレなカフェに来てるけど、きっと元カノや奥さんがらみなのね…久しぶりに来て思い出に浸ってるのね…』なんて思ってくれるだろう。

 だが違うんだよなぁ。俺は根っからのスイーツ好きなんだよ。これでも時間を見つけてカフェ巡りしてSNSに挙げたりしてるんだ。ちなみに彼女がいた事も結婚した事もない。左手薬指の指輪なんて演出で着けてるだけでステンレスだぞ?プラチナじゃないぞ?なんで男が一人でカフェに入るのにこんなに気を遣わないといけないかね〜。なんか日本って男たる者、こうでなければってとこが多くて暮らしにくいよな。


 そんなこんなで長居をし続ける訳にも行かないので、俺はノロノロとレシートを握って席を立った。

 さっきのスコーンに苦戦していたおばさんもとい女性もレジに来て支払っている。あの高いヌワラエリヤの茶葉まで買っていた。余程気に入ったのだろうか。

「ありがとうございました」

「ありがとうございます。ご馳走様でした」

 女性はお釣りを貰ってクルリとこちらを向いた。俺と目が合う。


「あ、あああの…変な事聞きますけど、もしかして横…」

「はい?」

 唐突に女性が聞いて来た。

「…よ、よくここに来られるんですか?」

「え?あ、はい…仕事の都合で」


 何だろう。俺の顔に何か付いていたかな…それとも何処かで?

「そうですか。ここ、素敵ですもんね。じゃあ…」


 女性はそう言うと、そそくさと立ち去って行った。

 なんだか昔の会社の同期にいたなあ、あんな感じに歩く子…。結婚して退職して行ったっけ。俺とその子、同期の中では結構仲良いって言われてたのにな…。

 まあそれだけだったが。


 俺は何故かふと、新入社員だった頃を思い出していた。



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