今日も殺らなかったぁ♡
@kkym0524
連作第一話 鍵男を殺る話し①
SNSにはじめて投稿した日のことは、忘れられません。
僕のつまらない愚痴に最初の「いいね」がつき、やがて、些末な悩みにもコメントをいただけるようになってくると、”SNSは魍魎の匣”という先入観は薄れ、これは誇張でなく、生涯で最も人様の優しさにふれています。
見知らぬだれかに心境を吐露することにも慣れてきたその気勢で、はじめての告白を、どう呼ぶべきかもわからない、やはりはじめての長文に、書き留めてみようと思います。
僕には、殺人衝動があります。(えへ、いっちゃった)
人を、殺したいのです。できれば女性を。そして、その亡骸を……
つい話しを急いてしまいました。誰にも相談できない鬼畜の欲望を胸底に押しこめこれまでようやく生きてきました。その果てに、僕はとある事件を起こし贖罪の日々を送っています。いま、自由はありません。あるのは、用意される毎食と、時間だけ。
償い。そのために、自分は、何を、いかにして、そうなってしまったのか。懺悔というにはあまりに不実で恥ずべき経緯を、ここに書き置きたいと思うのです。
退屈とは存じますが、まずは僕という人間を少し知っていただければと思います。
ハンジョウと申します。二十二歳、関東のA市に住み、便利屋で働いております。
父を知りません。母は、僕が五歳のとき、年に一、二度あるかないかの雪の夜、自宅近くで轢き逃げに遭い、亡くなりました。犯人はいまだ分からずです。以来、祖母に育てられ、高校まで出させていただきましたが、卒業を見届けたように一昨年彼女も逝き、ふとすれば、”天涯孤独”があてはまる身なのだなぁと。
母ほどではありませんが、祖母も大好きでした。いや、感謝してもし足りない人なのです。母を祀った仏壇に、祖母は毎朝、浄土真宗の正信念仏偈を唱えていました。僕もその横に座し、手をあわせ、見よう見まねが、やがてそらんじるようになりました。朝のおつとめはふたりで。それがわが家の一日のはじまりでした。
その僕が、なぜ殺人という奇行に魅入られたのか。下手な自己分析をしてみれば思いあたることもあるのです。
それは在りし母の寝顔です。
生前の母は、おそらく水商売のようなことをしていたのでしょう。朝、僕を保育園に送るぎりぎりまで眠るその姿。安らかで、ほぐれて、どんな苦悩のかけらもないような、かわいらしいあの寝顔、大好きでした。僕は着替えをすませパンをかじると、朝の子ども番組などは観ずに、ただ母の布団にもぐりこんで、シャンプーとお酒くささの残るうなじや頬をくちびるで感じたり、乳児に還って乳房を手包みしてみたり、そうまでしてもピクリとも動かない身体を、いつまでも、ほんとうにいつまでもそばに置いていたかったのです。
ですから、病院で母の亡骸と対面したとき、悲しみも寂しさもありませんでした。
頭には包帯、けれども顔には傷ひとつない寝姿。それはあまりにもいつものママでした。いや、それどころか、冷たく硬化した身体は彼女の美しさを永遠に内へ閉じ込め、今思い返しても、どんな大芸術家の天使像もかなわない完璧な存在でありました。死の意味のわからない五歳の僕は、早くママを家に連れ帰ろう、と祖母の袖を引き、ところが祖母は、帰るのはお骨になってからだよ、と言うではありませんか。
それがどういうことかをよくよく理解し、ようやくぼくは泣き叫びました。ですがそれは、どうして母を美しい状態で留めおかないのか、という、大人たちへの抗議を力いっぱい表したものでした。
毎日死んだように眠り、眠るように死んでいった母。
以来、ぼくは”死”に関心を抱くようになりました。
微笑んでいた母と死んでいた母は何が違ったのか。
生のメカニズムと死のシステムには何がプログラムされているのか。
そして、それを知ることで、自分は死をどう感じ捉えるのか。
答えを求め、死がむこうから現れるのをじっと待つのではなく、こちらから呼び寄せてやることにしたのです。蜥蜴や昆虫をつぶしたり刺したり引き裂いたり、あるいは致命傷を負わせた庭先の蛙の呼吸が、縁側の下から這い出してくる死により、ひたーひたーと奪われてゆくのを日暮れまで見守って。
そうして立ち昇ってきたのは、”えっち”な何かでした。
やがて思春期が訪れ、性欲、と間もなく名づけられる無意識を意識しはじめるときの、あの不思議さ、抗えない戸惑わしさ、下腹がぞわぞわするなまめかしさが、生き物ののたうちを見つめていると、マッチを擦るように灯るのです。そこへ甦る母の寝姿と死相とを焚き物としくべて、その蒸したつ炎熱に、幼い僕は身悶えるのでした。
ある午後。ねじ切ったカミキリムシの体液をぴちゃっと顔に浴びたところを、庭で祖母に見とがめられました。
彼女は買い物袋を放り出し、ぼくを抱きしめて慟哭しました。こんなことはしてはいけない。すべての命は尊いんだ。それを奪っては絶対にダメなんだと、きつく抱かれたぼくの赤いTシャツは血だまりほどに濡れそぼりました。
そうしたことが幾度かあり、ついには、「そんなに生き物を殺したいならばぁばを殺しなさい」と、いっそう命の力強さを滾らせる大きな祖母に気圧され、以来、ぼくは自らに殺生を禁じました。大好きなばぁばをもう悲しませたくない、と、いっそう正信念仏偈のおつとめにも励みました。まぁ、とはいえ、祖母も僕もゴキブリと蚊は瞬殺していましたが(笑)それは人間の持つ矛盾ということで。
幸い、殺傷行為などせずとも、あらゆることを調べられる時代です。祖母の自宅を処分した僕が、自分なりに死を追いかけた結果――
死とは、安らかで静かで美しい。
そう考え至りました。どんなに苦しい最期であっても、ひとたびこと切れれば、全身の筋肉は弛緩し、その人にとって最も安楽で緩和な、いうなれば天使のようなお顔になるのです。露れ出た血や臓器なども決して気味悪くなどありません。ふだん目にしないからそう思うのです。たとえば、異性器を初めて見たときはグロテスクに感じたでしょう?(僕は女性器を見たことはありませんが)
命の終わるそのとき、あらゆる音はやんで、それまで築いた地位、名誉、経験などすべては意味を失くし、人も虫けらも一様に、慎みぶかく還ってゆく。
その美しい瞬間を、できれば僕がもたらしたい。
さりとてそれは許されない。
だからこそいっそう立ち会いたい。
そして、もしも、もしもそうできたなら、あの尊い亡骸を思う存分……
前置きはこれくらいにして、すべてのきっかけになったあの件からお話ししたいと思います。
新型コロナウィルスの流行から一年がたった、2021年早春の、寒夜のことでした。
仕事から帰宅すると、アパートの一階で不意に声をかけられました。見ると、僕と同年代くらいで上の階に住む男です。
彼は、「自宅の鍵をなくしてしまった」「困って大家に連絡したがつながらない」「家に入れないので、連絡をとり続ける間、お宅で待たせてはくれないか」つまり僕の家へ入れてくれと、そう言うのです。
実のところ、僕は数回あいさつをかわしただけのこの男が苦手でした。内気な僕とは対照的に、以前は金髪だったし(この日は黒髪でしたが)服装も派手で、パッチワークだらけのぶかぶかパーカーとかほんとムリです。いっそその柄みたいにお前の身体を切り刻ん…… それは冗談ですが。
さりとて、寒夜に頼みこまれては断りきれず、やむなく彼を家に入れることにしました。駅前にネットカフェとかあるだろうが、と心中毒づいて。
彼は、本棚以外には物量のない殺風景なワンルームを見まわし「どこに座ったらいいすか?」と無遠慮に訊きます。どこでも、と返すと、ベッドにどさっと腰を下ろし、訊いてもいない自己紹介をはじめました。
彼の名前をここでは、鍵男(かぎお)とします。大学卒業を控えた二十二歳だそうです。
――じゃあ僕と同い年だね、と漏らすと、
なんだおぉぃタメじゃん。学生? へー高卒なんだ、すげー社会人じゃん、と急にため口になり、ハンジョウくん家、本の量やっば! ん?『ジェフリー・ダーマ―』って誰? こっちは『無知の涙』? ムズそうな本だね。Fランの俺よりずっと頭よさげじゃん。とテンションブチアゲでヨイショしてくれます。とりあえずこいつがアホなのはわかりました。
冷えた僕の目は、このときようやく気づきました。
――あの、マスクは?
このご時世に、鍵男はマスクをしていません。僕はもちろん朝から着用したまま。便利屋という仕事上、お客様の家にあがることも多いので、つけ忘れなど許されないからです。
ヤツぁ悪びれもせず、「バイト先に忘れてきちゃってさ」
ムカつきます。自分にもです。鍵男に声をかけられた時点で気づいていれば、家に上げない理由になったはずなのに。
すぐに使い捨てマスクを渡し、手も洗わせましたが、「すませんしたぁ」の言い方に、殺してやろうかと。
――もういちど大家に電話してみたら?
んんん、と、マスクをつけた口がくぐもり、首を回します。
「さっき電話したばかりだから」
歯切れの悪さに違和感を覚えましたが、重ねて促すと、しぶしぶ彼は電話をかけました。が、やはり応答はなく、念のため僕からもかけても同様です。
――鍵は探したんだよね? バイト先にはなかったの?
「うん、でも見つかんなくてー。他に心当たりもないし」
――警察には届けた?
「あっ、それは思いつかなかったなー。行ったほうがいいのかなー。行けば見つかる?」
しらねーよ殺すぞ。心中ぶっ刺しながら、気を落ちつかせるためにコーヒーを淹れにいきます。が、キッチンに立つと、ふと顔のマスクをさわりました。
見ず知らずの他人を家にあげているなか、コーヒーを飲むためにマスクを外すのは、どうにも気後れします。もしも、自分も飲みたい、と鍵男がいったなら、飲食時、彼もマスクをとるでしょう。
一年前まではなかった気づまりに、思わずため息が――
「ハンジョウくん? そんなとこに突っ立ってどうしたの? 座ったら?」
てめぇいよいよ殺っちまうぞコラ。ってのも当然じょうだ――
……?
僕は鍵男に訊きます。今日この家にあがってることを誰かに連絡した? LINEとかでは? それから、さっき一階で他の住人に声はかけた?
世間話をはさみながらの問いすべてに、否が返りました。
――ちょっとトイレ、と僕は腰を上げます。
ズボンを脱がず便座に座ると、声にせず、つぶやきました。
近々、政府からまた緊急事態宣言が出される可能性が、というこの時に、マスク無しで堂々と他人宅にあがるような人間は、殺されても仕方がない。
僕がこれまで殺人や死体損壊に手を染めなかったのは、祖母を悲しませたくなかったからです。その祖母も二年前に逝きましたが、あの庭で彼女に諭され立てた誓いはいまだ死んではおりません。いや、それ以前に、僕は真っ当な社会人でありたい。「母を交通事故で失って以来自分も人を殺してみたくなった」などと、両者を強引に結び付けてみたところで、己が心に巣くったケダモノをだれが愛玩動物のように愛でてくれるでしょうか。
ですが、もしも、もしも仮に、決して露呈しない殺人が行えるとしたら?
事前の殺意も計画も被害者との関係もなく、屍体も見つからない犯罪。そして何より、「最近なにかあったのかい?」と僕のわずかな変化に気づき、その果てに悲しむ人がもういないのなら……
トイレの壁がせばまってくる、熱にうかされてゆく感覚と、それに相反して、頭蓋の底では小さな一滴にすぎなかった迷妄が大河の貫流となってゆきます。
人はどんな顔で、声で、力で、死ぬのか。
お役目を終えた“生”が、列車の運転手が交替するように身体から降り、替わりに”死”が乗り込んだのなら、その身はどのようにあちらへ向かうのか。
『九相図』『蟲』『殺戮に至る病』など、これまで繰り返し描かれてきたあの、さなぎが蝶へ変貌するにも勝る、婉美なお色なおしをこの目で……
シミュレーションしてみるだけ。それなら罪じゃない。
『ざっくり殺っちゃんねる!』
はいどーもはじめまして記念すべき第一回でございます! できれば女を殺したかったんですけどもね、まずは男でも可、ということでね。
それでは早速、今回使用する凶器~!?
『バールのようなもの!』テッテレ~
って、家には『バール』も、『ようなもの』もないですよぉ。もっとも、脳天を割って血が飛び散ると処理が大変ですからね。これはまた次回、ということで。ざんねん!
血を出さずに男を殺す。では薬殺はどうでしょう? 会社に行けば便利屋業で使う農薬や殺鼠剤などがありますけども、今はありません。ならば、と、インターネットを見てみましょう。あ、[台所洗剤200mlを飲むと死ぬ]とありましたよ。うちのキッチンにある”グリーンハーブの香り”洗剤を飲ませてみましょうか?
って、飲・ま・ね・え、って、そんな匂いのドリンク! ええ加減にせぇよ。
やはりここは、シンプル・イズ・ベストぉ~。
『扼殺』テッテレ~
っておいおい、『薬殺』の字違いかよ~。遠回りさせやがって、灯台下暗しぃ~。
さぁ、それではどのように鍵男の首を絞めるかですけども、室内のどこかで彼を背後から襲い、そのまま後ろに倒れこんで寝そべってしまう『バックハグ』がスマートかと思います。凶器は念のため、そうとは感づかれない物を用意しましょう。例えばロープはダメですよ。持って近づく様が見つかってしまうと怪しまれますよねぇ。でもフェイスタオルでは長さが足りず、バスタオルでは厚みのため首にうまく巻きつかない可能性があるんですよ皆さん。
ここで僕が皆さまにお勧めしたいのは~。
ジーンズなどのズボン、でございます!
なんでも構いません、ご家庭にあるものでけっこうです。お時間のある方は今すぐおズボンを脱いで首にぐるっとまわし、両足部分を引っ張ってごらんなさい。ね、ちょっと洗濯物取りこんできただけ、のふりしてブチ殺せるでしょ?
結論としてはですね、まず鍵男に、
――部屋に入れてやったのだから、風呂場ドアの下部が調子悪いのを見てほしい。
などと屈ませ、背後からその首をジーンズで引きずるように絞めます。最低でも三、四分は力をかけ続け、絶命を確認しましょう。このとき、括約筋の弛緩により尿が出るはずなのでふき取ります。
え、汚い? そんなことないない♪ だれだって歳を取ったら介護士さんにやってもらうんだよ? 高齢化社会ぃ。
……いや、待て、やめろ。そんな恐ろしい想像は。
人を扼殺するなんて。そんなことを考えてはならない。
やっぱり刺殺のほうがベター♪
なぜなら、ここは木造の狭いワンルーム。首を絞めている間に暴れられ、壁を蹴られでもしたら音が響くんです。鍵男が行方不明になった日にこの部屋で「人が争い合うような音がした」などと他部屋の住人に証言されたら厄介ですからね。
理由をつけて鍵男をバスルームに誘い出し、背後から抱きついて包丁で複数回刺す。
こうすれば彼の血も、返り血を浴びた僕の身もすぐに洗い流すことができますね。うーん、ばっちぐー。
それでは次回、はじめての実践編! チャンネル登録、よろしくねぇ!
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