昼下がりのタコライス

丸井まー

昼下がりのタコライス

 遼一がふと目覚めると、隣から豪快な鼾が聞こえてきた。シパシパする目を擦って、ベッドのヘッドボードの上に置いてあるデジタル時計を見れば、もう昼前である。今日が休日だからと、昨夜飲み過ぎたせいで、完全に寝過ぎた。


 遼一は大きな欠伸をして、寝転がったまま伸びをすると、隣で鼾をかいて爆睡している克也の肩を掴んで揺さぶった。



「起きろー」


「んがっ」


「おーきーろー」


「んーーーー」



 克也が眉間に皺を寄せて、のろのろと目を開けた。克也の眉間の皺は出会った頃から既に定着していた。今はそれが更に深くなっている。

 克也が喉ちんこが見えそうなくらい大きな欠伸をして、ボリボリと少し髭が伸びた顎を掻いた。



「ねむい」


「寝るな。昼だ」


「あ?マジかよ。起こせよ。完全に寝過ぎたじゃねぇか」


「俺も今起きたんだよ」


「腹減った。飯、どうする」


「んーー。あ、ちょっと買い物行こうぜ」


「スーパーの惣菜で済ませるか」


「ちげぇ。食いたいもんがあるんだよ」


「何」


「一昨日?だっけ。うちのゼミの女の子に簡単なタコライスの作り方教えてもらったんだわ。正確に言うと、作り方が載ってるURL」


「タコライス……ってあれか。なんか沖縄かどっかの」


「そうそう」


「お洒落料理のイメージ」


「分かる。でも結構簡単なんだわ。という訳で、今からスーパーに行くぞ」


「おー。……髭は剃らなくていいか。面倒臭い」


「いいんじゃね?別に着替えもしなくていいだろ。どうせジャージだし」


「そうだな」



 遼一は起き上がり、ベッドから下りた。起き上がってボサボサの髪を適当に手で撫でつけている克也と共に、スマホと財布と鍵とエコバッグだけを持って、寝間着のジャージのまま、サンダルを履いて外に出る。



「遼一。お前、目脂ついてんぞ」


「マジか。顔だけ洗えばよかったか。……とれた?」


「とれた」



 二人でタラタラと歩いて五分のスーパーに行き、スマホを片手に材料を籠の中に入れていく。

 遼一のスマホを覗きこんだ克也が、ボソッと呟いた。



「アボカドって居酒屋でしか食ったことねぇな。天ぷら」


「あれ美味いよな。アボカドの剥き方も習ってる。口頭でだけどな」


「まぁ、なんとかなるだろ」



 二人で必要なものを買うと、重くなったエコバッグを片手に遼一の家へと戻った。


 遼一と克也はお互い四十代半ばで、付き合い始めて五年が経つ。ゲイの知り合いからの紹介で知り合って、ワンナイトのつもりでセックスをしたら相性がよかったので、とりあえず付き合ってみることにした。当時は五年も付き合うとは思っていなかったが、今では側にいるのが普通になっている。

 同棲はしていないが、克也は徒歩十分のアパートに住んでおり、頻繁にお互いの家を行き来している。

 遼一は大学で働いており、克也はサラリーマンをしている。遼一の方が時間の融通がきくことが多いので、克也の家に食事を作りに行くことが多い。


 とはいえ、調味料類が揃っているのは遼一の家なので、遼一の家で初めてのタコライスに挑戦する。沖縄に行ったことはあるのだが、その時は食べなかった。

 洒落た喫茶店でメニューに見かけることもあるが、試したことはない。一昨日、ゼミの女の子が簡単で美味しいと力説していたので、ちょっと試してみたくなった。


 家に帰り着くと、手を洗って、早速作り始める。玉ねぎをみじん切りにして、挽肉と一緒に炒める。カレー粉やケチャップ、ウスターソース等で味付けをしたら、サクッとタコスミートなるものができた。

 隣でミニトマトとキュウリを食べやすい大きさに切って、洗ったレタスを千切っていた克也が、すんすんと鼻を鳴らした。



「カレーっぽい匂いがする」


「カレー粉入ってるからな。よし。俺はアボカドと戦う。目玉焼き頼むわ」


「おうよ」



 遼一は初めて買ったアボカドを冷蔵庫から取り出した。ゼミの女の子に口頭で習った通り、ぐるりと包丁で切れ目を入れる。アボカドの両面を掴んで、くりっと捻れば、気持ちいいくらいキレイに割れた。おぉ……と謎の感動を覚えながら、今度は丸い大きな種に包丁の根元を刺し、手首を捻って種を取る。これも上手くいった。アボカドはお洒落野菜のイメージが強く、なんとなく扱いも分からなかったので、今まで手を出したことがなかったのだが、こんなに簡単なら、別の料理も試してみるのもアリかもしれない。

 皮を剥いたら、食べやすい大きさに切っていく。


 ピーピーと仕掛けていた炊飯器が炊きあがりを知らせてきた。実にタイミングがよい。

 遼一は炊き立てのご飯を大きめの平皿によそい、千切ったレタス、ミニトマト、キュウリ、アボカドを、スマホの写真を真似て盛り付けた。タコスミートを中央に盛り、克也が焼いた目玉焼きを真ん中にのせたら完成である。



「やべぇな。克也。見ろよ。完璧じゃないか?これ」


「漂うお洒落感」


「完全なるお洒落料理だ」


「食うか」


「おう」



 遼一は、いそいそとテーブルにタコライスの皿とスプーンを運んだ。克也が冷蔵庫からコーラを取り出し、コップと共に持ってきた。克也はコーラ好きなので、遼一の家の冷蔵庫にも、いつもコーラが入っている。


 克也と向かい合って座り、手を合わせる。



「いただきます」


「いただきます。あ、先に写メらなきゃ。ゼミの子に自慢しねぇと」


「あー。俺も撮っとこ。おい。知ってるか?今時の若いのは写メって言わねぇらしいぞ」


「あー。らしいな。なんて言うんだろうな」


「さぁ?」



 スマホでピロンと写真を撮ってから、早速実食である。いい感じに半熟な目玉焼きの黄身を崩しながら、タコスミートと米と野菜をまとめてスプーンで掬い、大口を開けて、口に頬張る。ふわっと鼻に抜けるカレーの香りとシャキシャキの野菜、ねっとりとしたアボカドの旨味が、卵の黄身のまろやかさと相まって、絶妙に美味い。

 克也を見れば、克也がもぐもぐと咀嚼しながら、グッと親指を立てた。克也も気に入ったようである。

 遼一はちゃんと口の中のものを飲み込んでから、口を開いた。



「美味いな。タコライス」


「ん。アリだわ。これ」


「作るのも簡単だし、一品で済むし、楽だなー。いやぁ、いいもん教えてもらったわ」


「ゼミの子に感謝だな」


「マジで。ふーん。生のアボカド美味い」


「トマトがいいな。サッパリする」


「うん。胃もたれしなさそう」


「お前、最近、胃もたれしやすいもんな」


「スーパーの揚げ物とか食うと、もたれやすいんだよなぁ」


「歳はとりたくねぇな」


「それなー」



 克也と喋りながら、ガツガツとタコライスを食べきる。最後の一口を飲み込み、コーラを飲むと、口の中がスッキリした。


 克也がふぅと満足気な溜め息を吐き、ゆるく笑った。



「美味かったな」


「大成功だな」


「遼一。片付け終わったら、ちっと昼寝でもするか?」


「いいな。晩飯は何にする?」


「キュウリが残ってるだろ?棒々鶏は?」


「いいな。ササミが無いから、昼寝から起きたら、またスーパーに行こう」


「ビール買おうぜ。ビール」


「お前、少しは控えたらどうだ?益々ビール腹になるぞ」


「ビールが美味いからいけない。第一、腹が出てきたのはお前もだろ」


「俺、セックス以外の運動嫌いなんだよね」


「知ってる。一緒にジムにでも通うか」


「うげぇ。ねーわ」


「ちっとは運動しろ」


「お前もな」



 遼一は克也と軽口を叩きながら、手早く皿等を洗い、二人じゃ狭いセミダブルのベッドに克也と一緒に寝転がった。

 満腹だから、すぐに眠気が訪れる。くぁぁっと大きな欠伸をしてから、二人で優雅な午睡へとしゃれこんだ。



(おしまい)



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昼下がりのタコライス 丸井まー @mar2424moemoe

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