不定期で営業エルフのスナック~初回の来店時は無料です。未成年飲酒お触り厳禁ですが店内喫煙は気分次第。まれにサービスあり。

神無月ナナメ@カクヨム住人(非公式)

第一話「子供部屋おじさん再始動する」

¨祗園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色盛者必衰の理を表わす¨


 鎌倉時代の平家物語から冒頭文で引用。清盛を筆頭に平家の栄枯衰退が語られた。

正史を訴えて残すため琵琶法師が広めた。因果で絡みながら応報として収束する理。


 気がつけば間接光が灯る扉前に棒立ち。カウンターの先でグラスを真摯に磨く女。

メリハリのついた長身で銀のロングヘア。隙間から伸びた両耳は人間離れした長さ。


 ここが夢幻と現実の境界かもしれない。ネットで噂された都市伝説の類だろうか?


~生死の境で三つの願いが叶うスナック。銀髪ロングのバーテンダーは長身エルフ~


 皺もない七分袖は白いブロードシャツ。半端ない胸の膨らみから目を逸らせない。

黒いソムリエエプロンに隠された下半身。視線を意識したのか見上げた双眸が紅い。



 呆然として直前までの状況を意識した。実家の離れに引きこもり何年目になるか。

子供部屋おじさんは昨今増加したらしい。それなりの私立芸大に現役で潜りこんだ。


 勉強が嫌いでネット小説は生き甲斐だ。ラノベ界隈でメジャーな作家に学びたい。

名作ロボットアニメ監督まで教授にいる。無我夢中で突き進み勢いだけの進路選択。


 世間しらずの若造に怖いものなどない。時代の流れとかタイミングまで合致する。

たまたま課題で提出した伝記のプロット。ただガムシャラに完成させたラノベ長編。


 それぞれの思惑に添い祭り上げられた。指示された改稿でレーベルから即時刊行。

続刊は売れ残り分水嶺の三巻で打ち切り。恥ずかしさから中退で引きこもり完成だ。


 田舎の旧家だから離れ小屋は快適生活。ネット通販と親の差し入れで生き残れた。

深夜に発生した強烈な縦揺れ。半覚醒のつぶやきが「ノド乾いて身動きもできない」



 なんでここにいるのか夢うつつ。美女が注いだグラスのウイスキーは指で二本分。

黒い木目カウンターが一本杉削り。奥まで並ぶ八脚のひじ掛け椅子と手前にひとつ。


 壁沿いのカウンター席は目前だ。白磁が際だつ左上腕から伸びる指先に誘われた。

立ち姿も艶やかな正面のエルフは同年代にも感じる。人間離れした美貌が目に痛い。


 隙のない仕草でグラスを磨く無言のバーテンダー。女性は違う呼称かもしれない。


「都市伝説みたいな噂で聴いたことがある。生死の境界からたどり着けるスナック。

銀髪ロングの長身バーテンダーは永遠を生き三つの願いを叶えてくれるエルフさん」

 こぼれ落ちた言葉は本心だけど願望に近い。かなりの下心があったかもしれない。



「噂なんて当てにすんな。都市伝説なんて世迷い言を信じるものは馬鹿を見るんだ。

そんな噂が広まるほど客が来たような記憶はない。ここは時間軸さえ曖昧な空間だ」


「真実なんてそんなもんすよ。そもそも三つのお願いってヨーロッパ周辺の童話だ。小説ネタにしようとググったんだ。子供部屋おじさんだから生きることに疲れたし」

 大学中退から働きもしない引きこもりの親不孝。クズなオレに生きる資格はない。


 酒を飲みながらエルフと歓談。徐々に興が乗ったらしい戯れか賭けを提案された。



「長すぎる生で感動は遠い昔に捨てた。こんな年寄りでも満足させてくれるなら……おとぎ話か都市伝説かもしらん。興味はないが本当に三つのお願いを叶えてやろう」

 エルフ美人の口の端がニヤリと上げられた。これは最後のチャンスかもしれない。


 デビューした作品の続編で没になったプロット。一心不乱に書き上げた原稿用紙。

エルフの表情が少しづつ変わる。オチはどんでん返し。眉毛の端に力が込められた。


「ふーん。悪くないがありきたりすぎる。まぁ状況酌量の余地はあるかもしれんな。

ただし三つのお願いは却下だ。ひとつならなんでもいい。この身体さえくれてやる」


 エルフの双眸を見ながら考える。熟考して「次作が完成したら読んでくれないか」


「なるほど長い歳月を得たエルフの生。唯一無二であり互いのメリット然もあらん」

 カウンターから伸びた華奢な両腕で拘束された。そのまま力任せにディープキス。



「あの柔肌と香しさ。あれがすべて夢か?」呆然としながら目覚めると自室だった。

 ただ記憶と家具の配置からすべてが異なる。10年巻き戻されて書き換えられた。


 時間軸は同じですべて違う世界。自分はそれなりに売れっ子のエンタメ小説家だ。

「アレじゃねぇかな」床に落ちたメモ帳。拡げると数多のラクガキで微笑むエルフ。


 次回作として考えた……主人公じゃない特異点。彼女は狭間のスナック経営者だ。

この小説が完成するころ再会できるはずのエルフ。脂下がり歪んだ表情を自覚する。


 それでもこれはリアルだ。いや白昼夢で始まったリアル感の欠片もないやり直し。

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