第108話 縮小包囲

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 アルティア神聖国の国王の居城は背後に大聖堂を庇うような位置取りに建っている。


 国都の正門は北門だ。


 ぼくたちが国都に入ったのは西門だから、こちらから見ると真正面に大聖堂の尖塔が建っているのに対して、城は正面左側にあたる。


 大聖堂を含む敷地は直径数百メートルの範囲で国都を囲む壁よりもさらに高くさらに厚い石壁に丸く囲まれていた。低いところでも壁の高さは二十メートル以上あるだろう。


 その石壁の周りを壁の高さと同じ位の幅を持つ水堀が囲んでいた。深さは分からないが深いであろうことは想像がつく。


 ぼくたちは大きな声をあげながら中央通りを進み大聖堂を囲む堀の縁に到着した。

縁には人が落ちないよう柵が設けられていた。


 柵がない場所には木が植えられていたり建物や塀があったりで水際までは近づけないようになっている。


 ぼくたちは柵と堀越しに断崖絶壁のように聳える壁を見上げた。


 堀沿いに左に進めば城がある。


 ここに至るまでに左右の建物に対して適当に『光源ライティング』を灯してきたため背後は明るいが前方は真っ暗闇だった。


 星空を切り取ったように黒い壁が聳え立っている姿だけがぼんやりわかる。


「明かりを」


 ぼくは魔法職に指示を出した。


 複数の魔法職が前方の壁に、いくつもの『光源ライティング』を放った。


 昼間のように明るくなる。壁の明かりを堀の水が反射して輝いた。水は濃い緑色だ。


 水面の高さは地面より五メートル程下にあるので堀に船を浮かべて大聖堂側に渡る行為は難しい。仮に渡れたところで大聖堂側に登れる場所がなかった。


 堀には一箇所だけ大聖堂側へ持ち上がる跳ね橋が架けられており大聖堂への唯一の出入口が跳ね橋だ。跳ね橋を上げられてしまえば断崖絶壁の様な石の壁が聳え立つだけだった。


 跳ね橋の幅は五メートル程あり馬車が渡れるだけの強度も持っている。


 大聖堂側に跳ね上げられている橋を降ろした際に受け側となる堀の対岸は城の裏手だ。


 城は、さながら跳ね橋を渡ろうとする相手を選別する関所のような存在だった。


 実際に北門から跳ね橋に至る大通りを跨ぐようにして城は建てられている。


 跳ね橋を渡るためには城の一階部分を貫いて走る石畳の道を通過しなければならず、そのためには、まず警戒厳重な城に入らなければならなかった。


 万一の場合に備えて城を通過する道の入口には国都を囲む壁の門にあったような巨大な扉が設置されている。門と同様に巻き上げ機で持ち上げて開け、降ろして閉鎖する仕組みだ。


 一国の国王の居城というより完全に大聖堂ありきの構造だった。


 ぼくは堀の端から左手にある城の様子を確認した。


 そちらは暗かったが、跳ね橋が上げられていて大聖堂との行き来は完全に絶たれている様子は見て取れた。こちら側からは見えないが、恐らく城の開口部も通れないように巨大な扉が降ろされているに違いない。


 ぼくは堀を挟んで大聖堂を包囲するための隊員たちをところどころに残しながら部隊を城へ進めた。


 城の中まで攻め込む予定はない。


 包囲の輪を国都全体から城と大聖堂を囲む範囲にまで縮めるだけだ。


 城を攻めるにしても他の門の部隊と合流を終えてからの話である。


 もし他の門が降伏せず開かない場合は全軍が西門から入って来るまで待てば良い。


 開かない門は、そのまま放置だ。


 そういう予定だったが、ぼくたちが西門を開いた後、そう時間をかけずに残りの門も開いたようだ。


 爆音こそ響かなかったが、ぼくたちが『光源ライティング』の呪文を派手に放って壁に灯した明かりは遠目には焼き討ちの様に見えたらしい。


 そう言われれば大聖堂の壁が魔法の明かりで煌々と輝く様子は、遠目には大聖堂が炎上している姿に見えるかも知れない。


 西門から出たアルティア兵を連れた説明部隊が各門に届く頃には全ての門が開いていたという。


 教会からの出向者である部隊長だけでなく巻き上げ機を守るはずの教会直轄部隊までもが怖気づいて逃げ出していた。


 だから、実際にアルティア兵が教会直轄兵を手にかける戦闘が行われたのは西門だけだ。


 教会の人間が逃げる先は大聖堂しかないので、当然、その手前の城に入ったはずである。


 実際に跳ね橋がいつ上げられたのかは分からないが通常夜間は上げておく運用を取っていると思われるので教会の兵士を含む多くの兵士は大聖堂に逃げ込みたくてもまだ城の中に留まっているはずだ。


 となると、城に踏み込むと戦闘になる可能性が高いだろう。追い詰め過ぎは良くない。


 アルティア神聖国王が城にいるのか、それとも既に大聖堂に逃げ込んでいるのかは不明だった。


半血ハーフ・ブラッド』が日没後に各門の前に兵力を集め始めた段階で危険を感じて慌てて大聖堂に逃げ込んでいたとしても不思議はない。


 ぼくたち西門を通った部隊は東、南、北の各門を入って来た『半血ハーフ・ブラッド』の隊員たちと城の前で合流した。北門から真っすぐ進んできた城の手前に大聖堂に渡りたい馬車が城に入る前に最後の検査を受けるための広い待機場がつくられていた。


 マリアは勿論、ヘルダもジョシカもルンも無事だった。


 西門以外の門でも市民に対する炊き出しの案内が行われ国都に入って来る『半血ハーフ・ブラッド』隊員と入れ替えになるように、夜中だというのに続々と国都の住民が門を潜って外へ出ていた。一度出たら何日か戻れないという説明があったはずだがそれだけ食事に切迫しているのだろう。食べる機会を逃すわけにはいかないという覚悟を感じた。


 各門から国都に部隊が入ることができたので城と大聖堂を完全に包囲するために必要な十分な人数の隊員が現場に揃った。マリアの指示で早速城を包囲する。


 けれども、マリアは包囲を行うだけに留めて城への突入は認めなかった。


 市民の安全まで確保された今、リスクを冒して城攻めを行う必要はどこにもない。


 縮んだ包囲の輪の維持だけを続けて城と大聖堂が完全に降伏するまで何日かかろうとも堅実に待つだけだ。

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