第78話 国都

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「あなた方に貴重な食料を分けることはできないが、もし国都に家族で移り住むつもりがあるならば同行しよう。移動中の食事は提供する。代わりに道案内をお願いしたい」


 斥候から男にそう打診したところ男は二つ返事で了承した。


 このまま村に残っても遠からず破滅するという思いが男にもあったらしい。


 国都で展望が開けるかは分からないが座して死を待つよりはマシという判断だろう。


「説明の手間が惜しいので誰かに聞かれた際にはとりあえず我々も同じ村の出身としてほしい」


 ぼくたちのついでのお願いに対しても男は理由を聞かずに了承してくれた。


 男にとって、ぼくたちの存在はそれほどの渡りに船だった。


 ぼくたちは男が所有していた人力で引く荷車の他に近くの廃屋に放置されていた別の荷車を見つけてそれぞれハーネスで馬に繋いだ。


 一方の荷車に奥さんと娘と少しの荷物を載せ、もう一方の荷車にはぼくたちの荷物とやはり男家族の荷物を少し載せた。


 荷車なのでそんなにたくさんの荷物はそもそも運べない。


 馬車の様に御者席があるわけでもなかった。ぼくと斥候二人と男は基本的に歩きだ。


 男も痩せ過ぎだが奥さんはさらに痩せ過ぎだった。


 病気で体を壊したわけでは多分ない。単純に栄養失調だ。


 このまま村に居続けていつか体調が戻ったら国都へ移るという選択は前提からそもそも間違いであるようだ。村にいたところで食料事情は改善しないので奥さんが十分な栄養を取れる状況は訪れない。いつかという日は永久にやってこなかっただろう。


 娘は十歳であるそうだが見た目は五歳児程度だった。


 五歳児の見た目としては痩せてはいるが病的に痩せすぎというわけではない。両親が自分たちの食事を削って娘に食べさせているためだろう。


 とはいえ十歳だと聞かされてしまうと、そもそも健康で優良な十歳の肉体には到達していなかった。


 先のことは分からないが少なくとも国都に着くまでの間は男家族に空腹を感じさせないようにと、ぼくたちは食事に配慮した。


 娘が、いつも食べている芋虫よりおいしいと言って薬草と干し肉の煮込みに喜んでいる姿を見ると泣きたくなった。彼らが国都でも食べられるようになればいいと思う。


 ぼくと斥候の二人は、いつも着ている鎧ではなくアルティア神聖国の村人が着る一般的な服装に着替えていた。


 男は村の様々な廃屋から村を捨てて出て行く人たちが運びきれずに置いて行った荷物を集めており衣服もあった。冬季の防寒対策だ。


 今回、男家族が村を出るにあたり結局は残していくことになるため、ぼくと斥候の二人で何組かもらったのだ。


 ぼくたちが男と同じ村の出身だと偽るためには有効な変装だろう。男家族が痩せてがりがりであるのに対して、ぼくたちだけ栄養状態が良いという矛盾はあるにせよ。


 ぼくたちは道なき道に生えた高い草を圧し潰しながら国都を目指した。


 流通が完全に途絶えて行き来する人も馬車もないため砂利道は草に覆い尽くされていた。


 ぼくたちは進路途中の町や村に立ち寄ったが、どこにも人の姿はなかった。


 廃屋を勝手に間借りして寝泊りする。


 どこかに『長崖グレートクリフ』から撤退したアルティア兵たちが通ってできた道があるはずだが生憎見つけられなかった。崖下の森から出る以前にアルティア兵とぼくたちがとっているルートは別の方向になったようだ。


 アルティア兵は直接国都や居留地へは向かわないつもりなのか、別の目的地があるのか、それとも耕作放棄地を迂回する別のルートが、どこかにできているのかはわからない。


 行く先々の街や村にアルティア兵たちが寄った痕跡が全くないことからアルティア兵は一帯の街や村が既に廃村化している事実を知っているのだろう。補給のために町や村へ立ち寄るルートは選択しなかったのだ。


 何処まで行っても廃墟が続く自分たちの国の荒廃具合に、ぼくたちよりも男と奥さんがショックを受けていた。


 アルティア神聖国の内、一体、どれだけの街や村を住人が捨てたのか想像もつかない。もしくは飢えて亡くなったかだ。


 国都に行けば炊き出しにありつけるという話は幻想にすぎないという気がしてきた。


 村よりも国都のほうがもっと食べ物がなかったとしても不思議ではない。国都では芋虫もバッタも村にいるほどには捕れないだろう。


 ぼくたちが男家族と村を出発してから二週間後、ぼくたちは他に誰とも会うことはないままアルティア神聖国の国都を見下ろせる場所に到着した。


 結局、最後までどこの畑も作付けは行われておらず耕作放棄地が続いていた。


 労働力の問題ではなく単純に種籾も種芋も食べつくされてしまったのではないかと懸念された。だとするとアルティア神聖国には本当に食べ物がないのだ。


 国都は中央に天まで届きそうな高い尖塔が聳える巨大な都市の周囲を高い石壁が囲み、その壁のさらに周囲に無数の掘っ立て小屋バラックやテントが並んでいた。国都に入れなかった流民たちの住処だろう。


 尖塔が建っている場所は、国都の中心にあるアルティア大聖堂だ。


 尖塔の頂き付近では『光源ライティング』のような魔法でつくられた明かりが、灯台のように輝いていた。遍く人々の心を明るく照らすというアルティア教の象徴だ。


 一辺が数キロの長さに及ぶ石壁の東西南北にある国都そのものに入るための門は固く閉ざされていた。


 それぞれの門の前には何千人もの軍装を身に着けた大集団が天幕を張って駐留していた。


 アルティア神聖国の兵ではない。


 駐留場所には半分ずつ黒と赤に塗り分けられたハートの旗が何本も翻っていた。


半血ハーフ・ブラッド』の隊旗だった。

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