第45話 左手

               45


 アルティア兵によるオーク集落占領の確認が終了した。


 もちろん、任務は完全に終了したと見なされた。


 残額の支払いをもってオーク集落はアルティア兵に引き渡される。


半血ハーフ・ブラッド』は直ちに撤収しアルティア神聖国内にあるという『半血ハーフ・ブラッド』居留地へ帰還する予定だ。


 アルティア兵の副隊長と部下は確認結果の報告と代金用意のため集落を出て外にいる自分たちの部隊へ帰っている。


 ぼくはヘルダと一緒にマリアに確認結果の報告を行った。


 マリアが接収して指揮官用に使っている建物の一室だ。


 もともとはオークキングが使っていた。


 オーク臭こそしたが五歳児並みに散らかし放題、汚し放題のオークたちが使う建物と違い、仮にもキングと呼ばれるほどのオークが使用する建物は、普通に清潔で、整理整頓が行き届いていた。


 とはいえ、使うのは執務用の部屋だけだ。


 オークのベッドで寝たりはしない。


 キングがクイーンと一緒に暮らしていたのかまでは、ぼくにはわからない。


 部屋にはジョシカとルンという『半血ハーフ・ブラッド』の大幹部二人もいた。


 半狼人族ウルフェンの隊長は外で陣頭指揮を執っている。


 あの人が一番働き者だ。残金を受け取り次第撤収予定なので部隊を整列させていた。


 ぼくは両腕に二つずつしたままだった『半血ハーフ・ブラッド』の腕章を外してマリアの机に置いた。


「今度こそ本当に作戦終了みたいなので、ぼくはここでお別れします」


 本当ならばもっと早く去っていたはずだけれど急にアルティア兵がやってきたためタイミングを逸していた。


「そうか。君と出会えた偶然は良縁だった。本当に助かった」


「こちらこそ」


 マリアは用意していた布の袋を、そっと机に置いた。丸く膨らんだ小さな巾着だ。


「約束の武功一等の報酬ボーナスだ」


 そういえば、そんな話もありました。


「ありがとうございます」


 遠慮なく受け取り何気なく中を覗いて、ぼくはびびった。


 今まで持ったことのない色と額の硬貨が何枚も入っている。


「こんなに」


 声が震えた。


「色は付けたつもりだがギルドで払うオークキングの討伐報酬より少なかったらすまん」


「十分以上です」


 ぼくは報酬を懐にしまった。


「お前がいなくなったら誰があたいのお世話をするんだ?」


 ルンが揶揄うように言った。


「寝てりゃ治りますよ。食べ過ぎて太らないでください」


「フラれてしまえ!」


「また、そんなことを言う」


 ジョシカがルンの頭を小突いた。


「ニャイ連れて遊びに来いよ」


 ジョシカは良い人だ。


 でも、『半血ハーフ・ブラッド』の居留地がどんなところかわからないけれども傭兵集団の本拠地はお遊び気分で行くような場所じゃないと思う。


 あはは、と、ぼくは笑って胡麻化した。


「最後まで助かった」


 ヘルダが握手をしようと左手・・を差しだした。


 ヘルダは右利きだ。


 なぜ左手?


「お世話になりました」


 ぼくも左手で握り返した。


「アルティア兵は、なぜ王国の地理を気にしていると思う?」


 ヘルダが低い声で訊いた。


「え!」


 ぼくは、びくりとして手を引いたが、ヘルダは握ったまま、ぼくの手を放さなかった。


「君の意見を聞きたい」


 真剣な表情だ。


 途端に室内の空気が変わった。


 マリアもルンもジョシカも殺気のような張り詰めた気配を放っていた。


 ぼくが、どう答えるかに注目している。


「ここから崖を上って王国を侵略する気なのかも知れません」


 ぼくは、ぼくが想像したとおりを真面目に答えた。


「やはり気付いていたか」


 ヘルダは左手で、ぼくを捕まえたまま、右手で自分の剣の柄を握った。


 そのまま抜いて横薙ぎに!


 ぼくは咄嗟に前に詰めるとヘルダの右手首を掴んで止めた。


 剣は鞘から抜けきれなかった。


 ぼくとヘルダは、ほぼ密着状態だ。


 そのまま力が均衡して動けない。


 汗が出た。

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