第30話 覚悟

               30


 ぼくが、ありあわせの材料で作った汁物を啜りながら唐突にルンが言った。


「そういや、ニャイってな、誰だ?」


「ニャイさん?」


 ぼくは言われた名前を漠然と繰り返した。


「なぜ、その名前を?」


「初めて会った時、あたいの顔見てニャイって言っただろ。猫人族キャッティーか?」


 そういうことか。


「ええ」


「恋人か?」


「違いますよ。探索者ギルドの担当者です」


 ぼくは、滅相もない、と手を振った。


「でも二人だけで食事には行きたいんだろ?」


「え!」


「寝言で言ってたぞ」


「嘘」


 ぼくはルンの顔を見返した。


 ルンはニヤニヤと笑っていた。


 酒場でおっさん探索者たちがお店の女の子を下ネタで揶揄からかう時のような顔だった。


 おっさんだけじゃないノルマルもだ。


 ごくたまには、ぼくも。酔っ払いですから。


「いや、その、えっと」


 ぼくは洗いざらい白状させられた。


 食事当番しかしていないけれど、こうして揶揄われる程度には、ぼくは『半血ハーフ・ブラッド』と仲良くなれたらしい。


 悪名高い傭兵団と噂に聞いていたけれども全然そんな感じではなかった。


「そんなん脈しかないじゃねぇか。何やってんだ、ヘタレか!」


「そんなこと言われても」


「ぐずぐずしてる間におっんじまうぞ。『出陣前に未練を残さず』は傭兵も探索者も同じだろう」


「ジェネラルに殺されかけて痛感しました。今度会ったら、へたれず、誘おうと思っています」


「なら、よし」


 なぜか、ルンに承認された。


 呑んでもいないのに、まるで酔っ払いだ。


「でも覚悟がねえんなら子供はつくるなよ」


 ルンは突然、真顔になった。


「覚悟って?」


裸猿人族ヒューマン猫人族キャッティーに手を出すんだ。生まれてくる、あたいみたいな子を育てあげる覚悟だよ」


 まだ手も握っていないのに、そんな覚悟なんかあるわけない。


 それ以前の食事すらクリアしていなかった。


 ルンはそんなぼくを殺気のこもった目で、ぎろりと睨んだ。


 え、え、なぜ、そんな急に。


「おまえらみたいな発情した裸猿人族ヒューマンはらまされて、行き場のない、あたいたちみたいのが産まれるんだ。別れたり死なれたりで母親だけになった時、行き場がねえんだぞ」


 ぼくは助けを求めようと他の三人の顔を見た。


 三人とも普通に真面目な顔をしていた。


 半猫人ハーフキャッティー


 半狐人ハーフフォクシー


 半熊人ハーフベアール


 そして、ハーフエルフオーク。


 みんな、ハーフだ。


 マリアみたいなハーフオークだけが周りから疎まれるわけではなかった。


 ゴブリン、オーク、ヒューマンの順に他種族の異性に対して節操がない。


 普通の獣人は自分たちと同じ種族を伴侶に求めるし概ね自分たちの種族同士で集まって暮らしている。


 自分たちの集落を離れて裸猿人族ヒューマンが大半を占める都会に出たがるだけでも保守的な立場の同族からは変わり者扱いされる傾向がある。


 ましてや裸猿人族ヒューマンの父親がいなくなり母親だけになった時、半分ヒューマンの血が入った子供と地元に帰っても往々にして居場所がなかった。


 意識、無意識にかかわらず周囲からは邪魔な子供として扱われる場合が多い。


 時には自分の母親からですら。


 半人ハーフヒューマン全員がそうだとは言わないが幼少期にそのような差別的な経験があるハーフヒューマンは多いらしかった。


 今まで自分の問題としては全く意識していなかったけれど。


 国によって比率は異なるが均すと世界の人間の約九割を裸猿人族ヒューマンが占めている。


 そのため、もともと裸猿人族ヒューマン以外の獣人族の立場は強くなかった。


 裸猿人族ヒューマン至上主義を掲げるような国もあれば獣人比率が過半数を超える国もある。


 けれども、そのどちらにもつかずの半人ハーフヒューマンは弱い立場の中のさらに弱い立場である場合が多かった。


 ヒューマン以外の獣人であるというだけで立場が弱いのにハーフであるために、さらに立場が弱い。


 子供であるならば、なおさらだ。


 おそらく半人ハーフヒューマンとしてルンたちにもいわれなき扱いを受けた経験があるのだった。


 勢いだけで突っ走りそうな馬鹿な裸猿人族ヒューマンの男であるぼくに、つい苦言を呈したくなっても不思議ではない。


「探索者も傭兵もほぼ死ぬ商売だ。今後死ぬ予定があるなら子供はつくるなよ。それか一生食えるだけの財産を残して死ね」


「はい」


 考え足らずだったぼくは、ルンの言葉に、しゅんとなって項垂れた。


「だからといってニャイを諦めろとは言ってねぇがな。脈ありだぞ」


 ルンはニカっと笑った。


「どっかにいい男いねえかなぁ。おまえ、猫人族キャッティー好きなら、半猫人ハーフキャッティーもいけるだろ。あたいにしとかねぇか?」


「婆あが若いたぶらかかそうとすんじゃない」


 ヘルダがルンの頭をごちんと叩いた。


ってぇなぁ。そっちのが婆あだろ」


 そういや、皆さん、おいくつなんだろう?


 ルンは見かけ上、二十代前半から後半、ヘルダとジョシカは二十代後半か、マリアに至ってはハーフエルフだけあって、まったくわからない。


 ルンより若く見える場合もあったが、落ち着きは長老ばりだ。見かけどおりのはずがないだろう。


「このまま、ここにバッシュくんがいてはルンの毒牙にかかってしまうな。恋人の元へ解放しよう」


 マリアが、ぼくの探索者カードを取り出した。

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