第19話 白い場所

目を覚ました時、周りは見渡す限り白かった。

どこまでも果てしなく白い、何もない場所。


(あぁ、私死んでしまったのね)


ミアはすんなりとその状況に慣れた。

王妃を庇ってジルズに刺された。

そこが致命傷になったのだろうか?

今はどこも痛みなど感じない。

ただその白い場所に立っていると、奥からおーいという声がした。


「呼ばれているわ」


ミアは一歩踏み出した。

その時……。


「ミア」


後ろから懐かしい声がした。

驚いて振り返ると、その先に母が立っている。


「ミア、そっちに行ってはだめよ」

「お母さん……。お母さん!」


ミアは駆けだすが、どうしても母には近寄れない。


「ミア、あなたは帰るところがあるはずよ」

「……でも帰ったところで辛いことしか待っていないわ」

「そうかしら? ねぇ、あなたは自分のルーツをちゃんとわかっている?」

「え?」

「大丈夫よ、心配いらないから。だから帰りなさい」


母は優しくミアに微笑みかける。

ミアは不安になりながらも、その笑顔に後押され、母が指さす方へと歩いた。


「お母さん……。また会える?」

「いつかね。あなたが自分の人生に満足出来たら」


手を振る母は光に包まれていった。

あまりの眩しさにミアは目を閉じた。


――――


ミアが目を覚ますと、また白い天井が見えた。

しかし今度はちゃんとどこかの部屋にいると理解できる。

開いた窓から入る風に乗ってかすかに薬品の香りがした。


(ここは……? 医務室かしら?)


目線を動かすと、ベッドに突っ伏しているクラウの頭が見えた。


(あぁ、私帰ってきたのね……。お母さんが帰してくれたんだ)


ミアがそっとクラウの髪に触れると、クラウはピクッと反応して顔を上げた。


「ミア……? ミア! 良かった、目が覚めたんだな」


安堵したクラウはどこか泣きそうだ。


「クラウ様……、私……?」

「ジルズに刺された後、丸一日眠っていた。あぁ、まだ動いてはいけないよ。傷が開いてしまう」


そう言われると確かに背中の肩甲骨あたりが痛い。

でも動けないほどではなかった。


「傷はそこまで深くはなかったんだ。出血が多かったけどね」

「そうでしたか……。あ、王妃様は?」

「母上はミアのお陰で何ともない。ミア、母上を庇ってくれてありがとう」


王妃の無事を知り、ミアはホッとする。


「いいえ、ご無事でよかった……」

「ジルズは捕まったよ。君のお菓子を食べたサマルも毒が入っているとわかって自ら食べ、キムを陥れようとしたのだと供述した。もちろん手伝ったシェフも」

「そうでしたか……」


ではやはりあの料理中に、隙を見て毒を入れられていたのか。


「でもサマルさんが無事で良かったです……」


そう思ってしまう自分は甘いのだろうか……。

クラウは苦笑してミアの頭を撫でた。

そしてミアは横になる自分を覗き込むクラウに謝った。


「クラウ様、いろいろとご迷惑をおかけして申し訳ありません……」

「いいんだ。……俺、お前が倒れた時、目の前が真っ暗になった。お前を失うことが怖くてたまらなかった」

「クラウ様……」


クラウの気持ちが嬉しくてミアはポロっと涙がこぼれた。


「私も……、怖かったです。でも母が……」

「お母さん? ミアの?」

「はい。母が夢に出てきたんです。そっちに行ってはダメと。帰るところがあると……」

「そうか……」


嬉しそうに笑うクラウにつられてミアも笑顔になる。


「ジルズ大臣の処罰はどうなるんですか?」

「……王妃に刃を向けたからな。処刑される可能性は高い」

「そう……ですか……」

「娘のカルノは王宮の出入り禁止になった。まぁ、父親が捕まった時点で当然だが、爵位もはく奪。郊外でひっそりと暮らすだろう」

「カルノ様……」



(そういえば……)


そこでミアはハタッと気が付いた。

カルノの言葉を思い出したのだ。


(そうだった……。クラウ様とカルノ様は……)


クラウを目の前にしてミアはカルノがクラウと一晩を過ごしたということを思い出していた。

落ち着いた心が一気に騒ぎ出す。

クラウの顔が見られなくなってしまった。


「ミア?」

「あ……、すみません。少し疲れてしまって……」

「あぁ、そうだな。俺は出ているから少し休むといい。ここは医務室で隣の部屋には医師がいるから何かあったら声をかけろ」

「はい」


クラウが部屋を出て行くとホッと息を吐いた。


(事件は解決したけれど、また新たな悩みが出てしまったわ……)


クラウが他の女性を抱いていた。

それを思うと嫉妬で頭が狂いそうになる。

クラウには自分以外誰にも触れてほしくない。

自分だけを見て愛してもらいたい。

けれど、クラウは王子だ。

カルノが言っていた正当な血統という言葉にも引っかかっていた。


「私……、どうしたらいいのかしら……」


ポツリと呟いた。

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