第27話 アイドルの裏表

「まあまあまあ! 花蓮ちゃん!? 嘘! 信じらんない! く、紅那! 早くケーキと紅茶を用意してっ」

「了解! お兄ちゃんの分でいいよね!?」


 本来の持ち主である僕に出し渋ったケーキを、紅那はあっさり花蓮の前に置いた。

 季節のフルーツたっぷりのショートケーキで、近所で評判のお店のものだった。


「わぁ! とっても美味しそう。ほんとにあたしが戴いちゃっていいんですか?」


 アイドルモードの花蓮が言う。瞳はぱっちりと大きく、輝いていた。自分のファンだと気付くや否やの対応に、正直若干引いたのは内緒だ。


「もちろん良いよ! お兄ちゃんの胃袋に収まるより、花蓮ちゃんみたいな素敵で可愛い子に食べてもらった方がケーキにとっても幸せだよっ」

「えへへー。じゃ、戴いちゃいますっ」


 丁寧にフォークでケーキを切り、小さく口を開けて放りこむ。まるでそのままCMにすら使えそうな笑顔で、彼女は「うん、美味しいぃ~」と笑った。その表情を、うちの妹と母親は涎を垂らしかねんばかりの恍惚とした表情で眺めていた。うん、怖いです。


「……で、何しに来たんですか?」


 僕が花蓮に問いかけると、母と妹は急にハッとした表情をした。


「「そういえば、なんで我が家に花蓮ちゃんが!?」」


 ……遅い。遅いよ二人とも。


「あ。そうですそうです。あたし、貴方にお話しがありまして。……お部屋に案内してもらえますか?」

「……分かった」

「な、なにこの展開……。お兄ちゃんと花蓮ちゃんが知り合い!? しかも二人でお兄ちゃんの部屋へ!? ど、どうしようお母さんっ。スキャンダル対策とか考えた方が良いのかな!?」

「お、落ち着いて紅那っ。とりあえずデジカメをッ。ああ。どうしましょう。二人で部屋だなんて……っ。婚姻届とかいるかしら!?」

「母さんが落ち着けよ……」


 ぶっ飛びすぎにも程がある二人をあしらって、花蓮を連れて二階に上がった。僕の部屋に入ると、花蓮は真っ先にクッションへと腰をおろし、表情を崩した。もはや僕にとってはこちらのほうが馴染む――眠たげな半目である。


「疲れた……青鴉の妹と母親もファンだなんて……そんなの、聞いていない」

「聞かれてないからな」

「……家族にファンがいるなら、サインをねだるべき」

「いや、そんな状況じゃなかったじゃん」


 冷静に突っ込みを入れると、それもそうだなと言った様子で花蓮が頷いた。


「ていうか、花蓮さん。どうやってここが?」

「後をつけた」

「……即答っすか。てか話があるなら普通に言ってくれ……さい」


 距離感の掴み方を測りかねて、奇妙な言葉を使ってしまった。花蓮はとくに気にした風もなく、


「……あなたに拒否されるかもしれないから。だったら直接乗り込んだ方が確実……」

「はあ。さいですか……」

「……みるくについて教えて欲しい」


 花蓮は唐突にそう言った。


「え?」

「……みるくについて教えて欲しい……。次のゲームは、反則試合の再選のために、今日と同じメンツ……。強敵の情報が、少しでも欲しい。青鴉とみるくは知り合い、でしょ?」

「……そうですけど」

「代わりに、貴方に情報をあげる。こちらも……。ギブアンドテイク……」

「情報、ですか?」


 花蓮はこくりと頷いて、


「貴方はゲームを始めたばかり。情報を、提供できる。たとえば……このゲームはそもそも……負ける事のほうが多い。負けたときのほうがポイントの移動が大きいし、最初の試合では基本的なルールさえ説明されず、九割負けるように出来ている……」

「え。そうなのか?」

「そう。最初の手持ちのポイントが50。最初のゲームで確実に-10。流れによってはそれ以上。このゲームは負ける人が凄く多い」

「……なるほど」


 右も左も分からない状態でゲームに巻き込まれたのは、制作者側の意図であるらしい。

 ――製作者。

 黒いスマートフォンの向こう側にいるはずの、姿すら見えない誰か。


「……ねえ、花蓮さん」

「ん?」

「このゲームの製作者について……何か知ってる?」


 僕が訊ねると、花蓮は首をかしげた。


「情報提供されたかったら……みるく」

「……それは――」


 獅子川雛乃。

 僕が殺して、僕に都さんを殺させようとして、そして、僕を殺そうとした少女。

 ずっと傍に居て、知っていると思っていた――けれど、様変わりしてしまった少女。


「それは――したくない」


 けれど、僕の心が導き出したのは、その答えだった。

 やはり僕は――雛乃を、傷つけたくなどなかったのだ。当たり前だけれど、最初から。


「……どうしても?」

「どうしてもだ。みるくは……僕にとって、仲の良い幼馴染。それは、今でも変わらない。僕は――彼女にまた信用されたい。信頼されたい。だから――ここで彼女を裏切るようなことは、したくない」

「分からないよ? ……誰にも言わないし、ばれない」

「それでもしない」


 僕ははっきりと言い切った。

 それは、自分自身への決意のようでもあった。きっと言葉じゃ、雛乃の心は動かせない。表すなら態度で。行動で。そして、それは雛乃が見ていないときだってそうなのだ。

 花蓮は僕の心を覗き込むように、半目でジッと見つめてきた。


「……あの子が好きなの?」

「え!?」

「………………ふーん」


 僕の顔色と反応を伺って、花蓮はそう言った。それからくすりっと、笑いを零した。テレビ画面の向こうとは違う、素朴で、そしてどこか影のある笑い。けれど――どこか魅力的だった。自然で、彼女本来の笑い方なのだろうと思った。

 なんとなく照れくさくなり、お返しに指摘することにした。


「花蓮さんはジミィさんが好「大好き」きなんだろ」


 迷い一つない口調で、僕の言葉に重ねるように花蓮はそう言った。まっすぐな口調と、まっすぐな瞳。それは嘘偽りのないものにしか見えなかった。


「あ、ぁぁ……そうなんだ」


 訊ねたこちらの方が、思わず赤面してしまう。

 しかし、そこまでの思いならばと、気になることができた。


「……花蓮さんは――」


 彼女は。


「戦うことに、ためらいはないの? ジミィさんとも戦ってきたんだろ? あの世界で彼を殺すことは、消失に近づけること……だよね?」

「……そうね」


 花蓮は頷いた。


「だから……あたしは、いつだって選んでいる」

「選ぶ?」

「何が大切で、何が大切じゃないのか。あなたは――迷っているでしょう?」

「え――?」

「早く、決めたほうがいい。いざというとき、……何一つ身体が動かなくなる……」

「それは……」


 どういう意味、と尋ねたところで、花蓮は立ち上がった。


「みるくについては……教えてくれないんでしょう」

「うん」

「……帰る」


 くるりっと、踵を返す。ボブカットの髪がゆらりと揺れた。

 その華奢な背中を見送りながら、僕は考えていた。

 選ぶ。

 何かを選択し、そして、何かを切り捨てること。


「最後に同じく恋をする身として……一つ、サービス」


 気だるそうに、花蓮は首だけ僕を振り返った。


「このゲームの中には本物の悪魔がいる……そして、その悪魔こそが製作者……」

「悪魔が作ったゲーム……?」

「あくまで、噂だけどね?」


 にやりっと、ドヤ顔で花蓮が笑う。つまらないダジャレだったが意外すぎて、僕はプッと吹き出した。


「それから……花蓮でいいから」

「ん?」

「さんはいらない……。花蓮でいい」


 それだけ言い残して、彼女は僕の部屋から出て行った。別れの挨拶一つしなかった。階下で、「もう帰っちゃうのー? お昼ご飯とか用意してるのにっ」と紅那の大声が響いてきた。

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