第21話 ミス

「ふーん。今回の参加者は六人、か」


 ジミィがつぶやく。その言葉で思い出しバトル状況を見てみると、カウントが始まっていない二時間のタイマーと、『現在参加者 悪魔二人 人間三人 退魔師一人』と書かれていた。


「……退魔師?」

「最初に説明を受けたはずだ。特殊能力を持ったプレイヤーが存在するってな。退魔師ってのは、一ゲーム中に一人だけ、そいつが悪魔かどうか判断できるって能力だ」

「……そういえば、ジミィさんはそうやって色々とルールを教えてくれますけど……なんでなんですか?」

「損しないからだ。最初にお前らに話したのは信用させるため。今は、基本的なルールも分かってない奴と同じチームになったとき、迷惑だから」


 納得すると同時に、安堵した。こいつが親切な人物だとしたら、恨み言のような気持ちを抱くのに躊躇してしまう。ジミィは数秒無言で、僕の瞳をじいと覗き込んでいた。


「なあおまえ、このゲームをどう思う?」

「え――?」


 突然の問いかけに首をひねる。どう思うもなにも……


「いかれていると、思います」

「ふーん」


 冷めた目つきを向けてくる。切れ長の瞳を向けられて、まるで氷のナイフか何かを向けられたような気分にさえなった。


「なあみるく」


 ジミィは、次に雛乃のほうへと視線を向けた。


「お前は、どう思う?」

「……私は――」

『おはようございます。開店五分前です。みなさん、開店の準備はお済ですか?』


 唐突にアナウンスが聞こえた。若い女の声だった。時計を見ると、十時二十五分。

 みなの間に緊張が走る。開店時刻が、すなわちバトルの開始時刻なのではないか――? そんな疑問が浮かんでいた。そして、事実その通りであったらしい。


『りりりりりん!』


 携帯電話を取り出す。パスを打ち込み確認する。


『青鴉さんの今日のチームは人間チームです(*゚▽゚*)』


 僕は微かな安堵を覚えた。

 しかし、瞬時に悪寒が走った。

 顔を上げる。目の前に、冷ややかな目をしたジミィが立っていた。


 こちらを見つめるその瞳は、まるで冷徹な悪魔そのものだった。注いだ視線を、僕から全く外していない。彼は、にぃと笑った。そして、手元のスマートフォンに視線を落とす。顔を上げた。再びにぃっと笑った。

 一体、なんだというのだろう。そう思っていたら、彼はついっと雛乃を指差した。


「あんた、悪魔だろ」

「……何の話ですか?」


 雛乃が返答を返す。ジミィはハハッと声を上げた。


「上手なポーカーフェイスだな、みるく。だけど、さっきの瞬間、あんたは確かに白状していた。自分は悪魔ですってな」

「どういう、意味ですか?」

「スマートフォンでチームを確認したとき。そんとき、あんたの顔には明らかに過度な緊張が走った。逆に、こいつには安堵が浮かんだ。前回のときと役割が同じか違うか。二回目ってのは、表情に出やすい」


 ブワンっと、何かの起動音のような音がした。雛乃の手に、西洋剣が握られると同時に、彼女は僕に突っ込んできた。


「よっと」


 脇から衝撃が走った。僕の体は吹き飛ばされ、僕がたった今までいた場所に亀裂が入った。すぐ近くで再びの起動音。僕を突き飛ばしたジミィが立ち上がり、武器である盾を出現させた音だった。


「……仕留める……」


 雛乃の後ろにいた花蓮も、武器を取り出した。彼女の小さな拳には、鈍く光るナックルが現れていた。そのあまりに貧弱そうな装備に、けれど不安を抱いたのは数秒だった。花蓮は獣のようなスピードで、一瞬で雛乃との間合いを詰めると、その拳を思い切り振り抜いた。雛乃が西洋剣でそれを防ぐ。しかし、押しているのは花蓮のほうだった。


「はぁああああっ!」


 左、左、右っと、テンポ良く花蓮はジャブを放つ。その猛攻に、明らかに雛乃はたじろいでいた。


「ぼさっとしてないで、行くぞ青鴉」


 ジミィが僕の背中をポンと叩いた。その声に流されるように、二刀流の日本刀を取り出す。ずっしりと重い、二日ぶりの感触。


「……分かるだろ? みるくが悪魔ってことは、確定だ」


 念を押すようにジミィがそう言って、雛乃のほうへと飛び込んだ。僕はその場に立ち尽くしていた。


 ――雛乃を、殺さなければならない。


 それが、今回のゲームの勝利条件。それは、間違いのないことなのだろう。雛乃は僕をためらいなく攻撃してきた。悪魔同士なら、誰か悪魔かが分かる。つまり、人間が誰であるかも分かる。


 理屈ではそう思っても、僕の体は動かなかった。再び自分の手で雛乃に刃を向けることに、ためらいを覚えていた。 目の前では、戦闘が行われている。雛乃が西洋剣を無理な角度で振るうと、あっさり花蓮は吹き飛ばされた。その振り終わりを狙って、ジミィが雛乃に突っ込む。彼は、盾を構えて突っ込みながら、「青鴉!」と僕の名を叫んだ。雛乃は盾をかわしたが、僅かにかすめて態勢を崩した。


 今、僕が急いで刀を振るえば、彼女を殺せる。

 そう思える、明らかな好機。

 なのに結局僕の足は張り付いたまま、ジミィが助けてくれたその場から動くことすらできなかった。

 それが――完全な、アダとなった。


「待て!」


 ジミィが叫ぶ。しかし待つ訳もなく、雛乃は階段を駆け上がっていった。

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