僕と彼女の嘘つきゲーム

愛良絵馬

第一章 GAME

第1話 GAME

 六月二九日。梅雨が終わり、もうすぐ、夏が始まる季節。


「暑い……。すごく暑い……」


 体中から汗を吹き出し両手をだらりと下げ、ゾンビのような足取りで、僕は町田駅へと向かっていた。久しぶりに友人に会うためだ。


 地元の高校に通い始めた僕に対し、幼馴染のあいつ――獅子川雛乃(ししかわひなの)は、他県の高校へと進学した。両親の離婚により、母親のもとへと引き取られたからだ。四月中は連絡を取り合っていたが、五月からは忙しくなったのか連絡が来ず、そわそわしていた矢先の誘いだった。


「えーっと」


 待ち合わせの改札前へとたどり着き、きょろきょろと辺りを見回した。雛乃は今時珍しい長い黒髪が特徴的な女の子だ。だから、すぐにでも見つかると思うのだけれど……。


「いないなぁ」


 つぶやき、ポケットから携帯電話を取り出した。パスワードを入力し画面を開くと、アプリにメッセージが入っている。確認すると、雛乃からだった。


『電車が遅延して遅れてる(汗)』

『あと十分ぐらい待って!』


 どうやらそういうことらしい。気のせいだか、少し気持ちが楽になった。雛乃とは幼馴染であるが、もう二ヶ月も会っていない。女の子と二人きりというのは嬉しいが、緊張する状況だ。


 気を落ち着かせる意味も込めて、街行く人を眺める。仮にも東京である町田は、それなりに人通りがある。着飾って歩く年上の女の人、休日出勤なのかスーツ姿の壮年男性、五人組で騒ぐ小学生など、いつもと何も変わらぬ駅の喧騒がここにあった。


「ん」


 そんな中、近くの地面で何かが光った。数歩歩き、軽くしゃがみこんで拾う。

 それは、鍵だった。

 光ったように感じたのは、金属の部分に反射したからのようだ。鍵には銀色の輪によって金色のプレートが付けられていた。『13番』と書いてある。


「んー……」


 目の前に鍵をぶら下げ、しばし沈黙する。この鍵、どこかで見覚えがある。数十秒思案して、気がついた。コインロッカーの鍵である。

 友人と買い物したあとに、カラオケに行こうとなった時、荷物を預けたことがあった。しかし、それにしては少しおかしな部分もある。あのコインロッカーのプレートは、果たして金色などという派手な色だったろうか?


「とりあえず、届けますか」


 つぶやき立ち上がる。雛乃が来るまでの暇つぶしに、人助けをするのも良いかもしれない。歩き出す。横目で駅内の店を眺める。旅行代理店にごちゃごちゃとした売店、おしゃれなケーキ屋。宝くじ売り場などがあった。


 そんな中、コインロッカーが目に入る。なんとなく立ち止まり、見入ってしまう。ささっている鍵を見ると、プレートの色は薄緑だった。となると、あの金色のプレートがついた鍵は、別の場所のものなのだろうか? 色以外は、まったく同じデザインのように思えるのだけれど……。


 番号を目で追ってみた。そしてその中に、あった。

『13番』のコインロッカーが、鍵のかかった状態でそこにあった。


「…………」


 有名な質問がある。絶対に開けてはいけない扉があったとき、あなたはどうしますか?

 僕の答えはこうだ。迷わず開ける。


「いやいやいや」


 ブンブンブンと首を振る。ポケットに突っ込んでいた鍵がちゃらちゃらと鳴った。

 だいたいに置いて僕は、常日頃から品性方向を心がけているのである。


「……いや、でも、ちょっとだけ……」


 ポケットから鍵を取り出す。この鍵で果たして開くのか、それを確かめたいだけだ。万が一開けてしまったら、パッと見て、パッと閉めれば問題ないだろう。そんな軽い好奇心で、僕はコインロッカーに鍵を差し込んだ。ひねる。百円玉が落ちてきて、鍵が解除された。


「おじゃましまーす……」


 扉をゆっくりと開く。中に入っていたのは、黒い携帯電話だった。いわゆるスマートフォンというタイプの形で、四角く平べったい。サイズは手のひらにギリギリ収まるサイズで、流行りのiPhoneより、二回り大きく見えた。


「んー? 携帯?」


 それは、予想外のものだった。コインロッカーを利用するにしても、携帯だけは手放さないのが普通では無いだろうか。なのにこのロッカーには、携帯電話がひとつ真ん中に置いてあるだけだ。


「まあ、別にいいけど」


 鍵の正体とロッカーの中身を知れて満足した僕は、扉を閉め――


『りりりりりりりん! りりりりりりりりりん!!!』

「え!?」


 奇妙な音が響いた。音源は明らかに、目の前の黒い携帯電話である。『りりりりりりりりん!!』

 音は止まない。


 それは効果音ではなく、奇妙な声だった。携帯に付属されている効果音を、人間が真似しているのだろうか。小さな、女の子の声のようだった。


「……なんつー着信音だよ」


 呆れつつ、扉を閉めようとコインロッカーの扉を片手で押した。携帯電話に出ると、自動的に拾った鍵を使いコインロッカーを開けたことがバレてしまうし、知らぬ顔をしてこの場をさり、鍵を駅員に届けるのが一番だと判断したためだ。

 なのに――。


「え?」


 扉が、びくとも動かない。


「んー!! んーーっ!!」


 全身を使い、体当たりのように押してみる。それでも動かない。なんだ、いったい何が起こった。僕はわけが分からず、とりあえず周囲の眼が気になって背後を振り返った。


「――なんだよ、これ――」


 唖然とした。

 ――人が、動きを止めている。

 あるものは片足を上げた状態で。あるものは転びかける寸前で。あるものは恋人と手をつないだままで。今にも動き出しそうな、けれど決して動かない蝋人形のように、彼らは動きを止めていた。『りりりりりりりん…………』異常状態の中、呼び出し音が不意に止まった。

 急に迷い込んだ異界の中で、音までも失ってしまった僕は、怖くなり携帯電話に飛びついた。ボタンを押す。画面が明るくなり、言葉が現れた。


『嘘つきゲーム』


 血のようなデザインがされたその文字の下に、悪魔をモチーフにしたイラストが書かれていた。


「嘘つき、ゲーム?」

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