第54話 未来決定《フォワード》

 これまで散々「俺TUEEE系」を気取って舐めてきた報いかしら。


 異世界に転移してから初めてピンチという展開に見舞われている。

 しかも格上とはいえ、同年代と思われる女に対して……。


 屈辱ね。

 最早ムカつきを通りこして殺意すら覚えるわ。

 

「美桜ッ!」


 香帆が叫ぶ声が聞こえたと共に、私の体に激痛が走った。

 どうやら氷柱の直撃を受けてしまったようだ。

 私は悲鳴を上げる間もなく、吹き飛ばされ氷の壁に衝突する。

 だが勢いは止まらず、壁は陥没して私は仰向け状態で床を滑っていた。


「殺しはしませんわ。私怨がある方でもありませんし、その理由もありません。しかし当面の間は再起不能になって頂き拘束いたしますわ。そこのファロスリエンというエルフの方も同様です。下手な真似をすれば大切な主を失うことになるので気を付けてください」


 フレイアは冷淡な口調で言い放ち、ゆっくりとした足取りで倒れている私へと近づいて来る。

 彼女が通り過ぎる度、幾つも張り巡らせた氷の壁が霧状になり消滅した。

 こいつ、やっぱり魔女ね。


「……い、痛いわね。何するのよ」


 憎まれ口を呟きつつ、私は体のダメージを確認した。

 体は貫通されていないも、鈍器で殴られたように全身に激痛が走る。

 左腕が変な方向に曲がっており、肋骨と鎖骨も折れているわ。

 残りHPも一割を切っている。

 もう半殺し以上の瀕死状態じゃない、まったくなんてことすんのよ……。


『はわわわ! 美桜さん、初めての大ピンチです! あれだけ異世界を舐めてイキってたのに……これは契約したサポーターとして助けるべきでしょうか!? いや、しかし女神として介入は……』


 アイリスが私の頭上を飛び交いながら動揺している。

 心配してくれるのはありがたいけどね。


(その必要はないわ、アイリス……もうすぐ私もチェックメイトよ)


『え?』


 戸惑いを見せる駄女神を他所に、私は残った体力と筋力を駆使して地べたを這って移動する。

 如何に激痛が走ろうと、少しでもフレイアから離れよう試みた。


「逃げても無駄です。大人しく負けを認めればそれ以上の危害は加えませんわ。その際には『フレイア様ぁ、二度と逆らいませ~ん。ごめんなさ~い』と謝れば治療して差し上げますわよ」


「……さっきも言った筈よ。私は受けた仕打ちは倍以上にして返すとね――《タイムボム》!」


 私は『時限式起動』能力を作動させた。



「ぐふぅ――!?」



 フレイアが呻いた苦痛の声。

 瞬間、彼女の華奢な体が宙を舞った。

 

 不意にフレイアを襲った正体――それは先程放った魔法弾こと《光の矢ライトアロー》であった。

 私は床を這いながら、フレイアを射線上に誘き寄せていたのだ。

 あの時、私はあえて回避されることを想定して予め《タイムボム》以外に《リワインド》と《フォワード》のトリプル効果を与えておいた。


 こうして私が大ダメージを受けてピンチに陥ると、案の定フレイアは油断し余裕を見せるだろうと踏んだ。

 そして彼女に氷の壁を解除させ、射線上に誘い込める機会を待つことにした。

 しかしフレイアは恐ろしいほど狡猾で頭の回転が速い。

 実際、悉く私の手を見抜いていた。

 きっと私が最後に何か仕掛けるだろうと予期していただろう。


 だが、いくら勘づいていようと関係ない。

 既に私は「時」を支配し勝利の方程式を完成させていたからだ。


 仮にフレイアが《時限起動式タイムボム》と先程見せた巻き戻る効果リワインドでの奇襲攻撃に勘づいたとしても、早送り効果を持つ《フォワード》を回避することは絶対に不可能。

 時間を早送りする《フォワード》は進行のプロセスを無視して結果だけを敵に与えるからだ。


 つまり私が《タイムボム》を発動した瞬間、フレイアが背後から直撃を受けるという結果のみが現実化されたことになる。

 ずっと見ていたギャラリーとて、「気づけばフレイア様が攻撃を受けた」という認識しか抱けないだろう。


 吹き飛ばされたフレイアは床に叩きつけられ、すうっと氷上を滑っていく。

 そのまま扉の方まで流れていき、ついには頭部ごと衝突して動かなくなった。


 ざまぁね、これぞ数倍返しよ!


 などと、私もイキってられないわ。

 このままじゃ仲間達に袋叩きに遭ってしまいそうね。


 幸い静観していた眷属達は、崇拝する主のざまぁを目の当たりして酷く動揺している。

 兵士達に関しては呆然と立ち尽くしたままだ。

 奴らが正気を取り戻す前になんとかしないと――。


 私は右手を胸元に添えた。


「《リワインド》――よし! ダメージを受ける前に戻したわ!」


 私は何事もなかったかのように、その場で立ち上がる。


 タイガ、ディアリンド、メルの眷属達は、復活した私の様子を見るなり身構えた。

 それを見た40人の兵士達もようやく動き始め、「おのれぇ! よくもフレイア閣下をぉぉぉ!!!」と激情し一斉に剣を抜いて見せる。


 だけど私は一切動じることはない。


「氷の床が解け始めている。つまりスキル効果が薄れているってことね。氷が解け切れば《タイマー》の連動が使えるけど時間が掛かりそうね。なら最も有効な手段は――香帆ッ!」


「あいよ~ん。そう思って既に行動に移しているよぉ!」


 私の指示と共に、香帆が扉付近で姿を現した。

 そこはフレイアが倒れている場所だ。

 勝敗がついたと瞬間、香帆は《超隠密ステルス》スキルで存在を消し移動していた。

 特に指示したわけじゃない、阿吽の呼吸ってやつよ。


 そんな香帆は大鎌『弦月の大鎌クレセントサイズ』の曲刃をフレイアに向け翳している。


「動くなぁ! 下手な真似したら、この女をブッ殺すぞぉぉぉ! うん、一度、悪党っぽく言ってみたかったんだよねぇ!」


 よ、よかったわね、夢叶って……。

 でも一応、勇者の眷属なんだからほどほどにね。


 思いの外、香帆の脅しは効果的であった。

 特に軍団長のタイガは「お嬢様を最優先しろ! 絶対に動くことは許さん!」と半ギレ状態で怒声を発して全員に呼び掛けている。

 物静かな置物執事から一変して酷く動揺しているように見えた。


「こちらの言う事さえ聞いてくれれば下手なことはしないわ。彼女のダメージも私なら治せるわよ」


 あっ、でも30秒経過しているから無理だわ。

 まぁ向こうには回復術士ヒーラーがいるし、ハッタリ程度にはなるでしょう(適当)。


「クソッ、卑怯な! 言う事とはなんだ!?」


 ディアリンドが声を張り上げキレている。

 卑怯って……こっちだってあんた達にタコ殴りされるかもしれない状況よ。当然の処置と思ってよね。

 私はフンと鼻を鳴らして見せた。


「一つは捕らえられた勇者(トック)の解放よ! もう一つは、二度とフォーリアと同盟国にはちょっかいかけないこと! さっさと尻尾を巻いて立ち去りなさい!」


 私の要求に、フレイアの眷属達は「ぐぬぅ」と奥歯を噛み締め無言となる。

 決定権はあくまで主であるフレイアの意志って感じか。

 じゃあ、気を失っているあの女を叩き起きして承諾させるしかないってわけね。


 そう思った矢先。


「――大変です! フレイア様ぁ、一大事です!」


 何者かが勢いよく扉を開けてきた。

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