第53話 時間操作VS絶対零度

 フレイアの頭上に《アイテムボックス》魔法陣が出現する。

 手を翳すと長細い剣身を持つレイピアが落下し見事にキャッチした。


 ついに戦う気ね。

 考えてみれば異世界で人間相手にガチバトルって初めてだわ。


 これまでの経緯から、このフレイアって魔女勇者はお淑やかそうなお嬢様に見えるけど中身は超好戦的な性格だとよくわかった。

 それこそ我儘お嬢様のように意に反する者は、いかなる狡猾的な手段を用いてそれでも従わなければ力づくで壊しにいく悪役令嬢よ。


「貴方達、ここはわたくしとの一騎打ちです! 誰も手出しを許しませんわ!」


「これほど有利な状況下でそれ指示しちゃうの? いっそ私達を袋叩きにした方がいいんじゃない?」


「確かにムカつきましたが、そこまで貴女のこと嫌いではありませんわ。随分わたくしを軽んじられているようなので、その考えを後悔して頂くよう実力を見せて差し上げますと言っておりますの」


 私は「それは楽しみね……」と呟き、プラチナソードを下に降ろす。

 鋭利な切先が僅かだが床に触れた。


 もらった――《タイマー》!


 そう念じユニークスキルを発動する。

 これだけの人数よ。

 約7分間は時間を奪えるわ。


 が、


 何も起こらない。

 これは……そうか、クソッ。


「――どうしました? 瞼が痙攣していますわよ? ひょっとして何か仕掛けようとしたのではありません、ミオさん?」


「……やっぱりね。この建物全てがフレイア、あんたのユニークスキルで作られているのね?」


「ええ、その通りです。あらゆる物質を凍らせる――《絶対零度アブソルティゼロ》。それがわたくしのユニークスキルであり能力ですわ」


 そういうことね。

 この氷で構成された砦はフレイアのスキル効果が永続され維持している。

 言わば能力でコーティングされているんだわ。

 したがって《タイマー》で直接触れた箇所には効果を与えられても、周囲にいるだけの者達の時間を奪うことはできない。

 つまり《タイマー》の連動効果が封殺された状態なのだ。


「氷帝の魔女と呼ばれるだけあるわね。もう少し探ってから喧嘩を売るべきだったわ」


「大方、予想はしていたのではありません? だからギリギリまで見極めようとした。けど残念です。この砦に招かれた時点で、既に貴女は詰んでいますわ――」


 フレイアが断言した瞬間、私の足元から「ピキッ」と音が響いた。

 すると履いてブーツから膝下辺りに掛けて浸食するかのように氷に包まれて動きを封じられてしまう。

 しかも上辺だけじゃない、肉体や流れる血液に至るまで全て凍らされている。

 一瞬で激痛から無感覚へと陥ってしまった。


「くっ、これは……氷結効果の増幅と連動性!? フレイア、あんたも私と同じタイプの能力……」


「質は異なりますが似たような効果を持っているようですわ。そのまま凍てつきなさい!」


 フレイアの指示で氷は物凄い勢いで私の下半身を封じ、さらに上へと浸透を繰り返していく。

 思いの外、凍てつくスピードが速い。

 考えてみれば、これだけの砦をたった一人で造り上げた魔女だ。

 私を凍らせるなど造作もないことなのだろう。


 しかしだ。


「甘いわ――《リワインド》!」


 私は《タイマー》の「触れたモノを巻き戻す効果」を発動させる。

 体に絡みつくように凍てついていた氷が剥され、瞬く間に床の方へと戻されていく。

 全て戻され凍氷効果は無かったことになった。


 フレイアはキッと目尻を上げて見せる。


「そんなこともできましたの? まるで情報にない能力ですわ……」


「色々あって進化したのよ。情報戦が得意なのは、あんただけじゃないわ」


「そうでしたわね。ずっと女子だと隠していたところ、そのユニークスキルといい……貴女はわたくし以上に強かな勇者ですわ」


 私は「あっそう」と軽く言い放ち床を蹴る。

 後方へと高く跳躍した。


【――眩き光の矢となりて敵を射れ、《光の矢ライトアロー》!】


 詠唱と共に腕を翳し、フレイアに向けて攻撃魔法を放つ。

 掌から光の矢が射出された。


「どこを狙ってますの?」


 フレイアは氷の床を滑るように躱し、まるでスケートリンクの如く華麗で流れるような動きで舞った。

 一気に間合いを詰められてしまう。

 着地したと同時に、レイピアの先端が目の前に迫っていた。


「チィッ!」


 襲ってくる刃を一度プラチナソードで弾き、魔力付与効果で鮮烈な光輝で目眩しで視界を奪おうと剣を翳した。

 が、何も起こらない。

 気がつくとプラチナソードの剣身が凍りついている。


「何を仕掛けようと無駄ですわ! 全てお見通しですの!」


 厄介な女……ムカついてきたわ。

 ならば光属性魔法の《盲目の閃光ブラインドネス・フラッシュ》で視界を奪うか?

 いや駄目ね。

 あの速攻性スキルの前だと、魔法を放つ瞬間に氷の柱とかで鏡上に反射させられ返り討ちにされ兼ねないわ。


 ならば、


【――聖なる光の加護にして投影されし幻を見せよ、《幻影の光ミラージュライト》!】


 呪文語を詠唱し魔法が完成される。

 追撃するフレイアの眼前で私の体が7つに分裂した。

 別々に散らばり独立した動きで彼女との距離を取る。


「なっ……分身!? いえ、そう見せているだけですわ!」


 フレイアはレイピアを翳し、私の実体を見極めようとしている。

 例の《絶対零度アブソルティゼロ》とやらで分身ごと凍らせればいいものをそういった動きは見せない。

 砦を維持させるだけで精一杯なのか、あるいは動き回る私と分身を捕らえるほど精密性がない弱点を持つのか。

 だとしたら一対一で戦いを挑んだのも、最初から自分の眷属と兵士達を巻き込むリスクを回避する意図だったかもしれない。

 勝つべくして勝つという、この女の性格なら十分にあり得るわ。


(次第にボロが見えてきたわね。後は反撃のチャンスが得られれば……)


 直後、フレイアがレイピアを掲げ何か呟いていることに気づく。


【――凍てつく氷晶、汝らは偉大なる精霊にて必中の射手なり、我が盟約に従い氷の槍と化し反する者を穿てぇ《氷柱突貫アイシクルラッシュ》ッ!!!】


 こいつ、いつの間にか呪文を唱えている!?

 しかも凍氷属性の上級攻撃魔法だ。


 フレイアの前方に氷結晶のような青白い魔法陣が出現し大きく拡張された。

 指揮者の如くレイピアが振るわれると、そこからくさび型の氷柱が連続して射出する。

 氷柱群は弾道ミサイルと化して飛び交い、7体の分身を次々と射抜き消滅させた。

 

 フレイアの奴め!

 超強力だが命中精度が不安定なユニークスキルよりも、確実に仕留められる魔法攻撃を撃ってきたわ!


 さらに最後の氷柱が私に向かって追跡し迫ってきた。


「不味いわね――《瞬足》!」


 カンストした高速移動スキルを駆使してなんとか逃げようと試みる。

 魔法攻撃なら効果が切れるのを待つか、撃ち返すことも可能な筈だ。


「くすっ。そのまま逃がすわけがないではありませんか」


 フレイアが微笑を浮かべた刹那、逃げ惑う私の周囲に氷の壁が次々と出現した。

 しかもやたら不規則な場所ばかりで、高さや形もバラバラである歪な物体ばかりだ。


(この女ァ! 速攻性がある《絶対零度アブソルティゼロ》で、私が逃げそうな退路に目星を付けて断ちにきている!?)


 おまけに追跡する氷柱の軌道だけは確保した状態。

 下手な鉄砲とはいえ、ほぼ無限に沸いてくる氷の壁に阻まれ次第に機動力が奪われてしまう。


 最初から追い詰めことが目的じゃなく、私の動きそのモノを封じる作戦か!?


「クソォッ! こいつ強い!」


「チェックメイト、ですわ――」

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