第50話 氷帝の魔女

 兵士達に連れられ中腹に辿り着いた。


 そこは特火点トーチカの砲台を意識しているのか、各所に投石器カタパルト大型弩砲バリスタが設置され目立たないよう迷彩の布で覆い隠されている。

 しかし私達と三バカ眷属を襲ったのはこれらの武器ではない。

 もっと正確無比かつ超遠距離で射ることができる何かだ。


 それにしても益々寒くなってきたわね。

 いくら高山だからって、まだそんな季節じゃないし何か変だわ。


「――其方らだな? タフミル王が送った召使いの奴隷とは……確かに二人共、美しい顔立ちをしている」


 背の高い女が近づいてくる。

 褐色の肌の妖艶そうな美人だ。

 長い銀髪で頭部にイヌ科のような三角の両耳と臀部にはもふもふした大きな尻尾生えている。

 右目側には眼帯がつけられており、私以上の豊満な両胸に引き締まった体をビキニのような革服で辛うじて隠していた。


「我が名はディアリンド。氷帝国軍の副団長を務めており、また偉大なる主フレイア様の眷属でもある」


 凛とした口調で自分から名乗ってくる、ディアリンドという銀狐獣人族シルバーフォックスの副団長。

 先程の三バカ眷属らへの攻撃といい、この女が『裁きの矢を射る者ジャッジメント・アーチャー』ね。

 弓と矢は装備してなさそうだけど、普段は《アイテムボックス》に収納しているのだろうか。


 とりあえず私と香帆は素直に「はい」と答える。


「あの三バカがナンパしたがる気持ちがわかるのです。けどメルは断然、フレイア様推しなのです!」


 ディアリンドの後ろに隠れていたのか、背後からひょいと顔を出して見せる幼き少女。

 いや、この子は小人妖精族リトルフだ。

 瞳が大きく可愛らしい顔立ちに黄緑色の髪を後ろに束ねている。

 水色のマントを羽織った動きやすい服装であり、《鑑定眼》で調べたところ盗賊職シーフのようだ。


「ワタシとミルで其方らの身体検査を行い、それからフレイア様に謁見するよう命じられている。それでいいな?」


 ディアリンドに問われ、私達は了承する。

 それからテントに案内され、身に纏っていたローブを脱がされた。


「ぐぬぬぅ……この眼鏡女子、なんて立派なお乳なのでしょう、とても羨ましいのです」


 メルは私の胸をしきりに触りながら、ぶつぶつと呟いている。

 あんた、もう別の目的で調べているんじゃないの?

 まだあの三バカ眷属の方が安心できたわ。


(美桜ぉ……あたし美桜以外に体を触られたくないんだけどぉ。てゆーか、美桜のおっぱいもあたしのモノだからね!)


 香帆はディアリンドに厳粛な身体検査を受けながら愚痴を訴えてくる。

 とにかく誤解を招く言い方はやめてほしいわ。

 私があんたの体に触れたこと一度もないからね! あと私の胸も私のモノよ!

 まぁ、大好きな弟の真乙なら触ってもいいけどね。


「――うむ。二人共、異常はないようだ。すまなかったな、不快な思いをさせて。ではフレイア様のところへ案内しよう」


 ようやく『氷帝の魔女フレイア』と対面できるのね。

 楽しみだわ……フフフ。



 それからディアリンドとメルの案内で山頂を目指すことになる。

 当然ながら乗り物とかはなく徒歩での登頂だ。

 したがって軽装で登山しているようなものよ。


 それにしてもかなり寒いわ。もう凍えるレベルね。

 ディアリンドはあんなバインバインの超薄着で何ともないのだろうか?


『獣人族は極寒に強い種族ですからね。魔法を施さなくても体温調節が可能なのです』


 私の肩に乗っかっているフェアリーのアイリスが耳元で教えてくる。

 こいつも実体がないアバターだから気ままそうで羨ましいわ。


 そういえばトックの奴、先に行っているのよね。

 あいつ咄嗟の機転が利かないようだし大丈夫かしら?



 休憩を挟みながら、かれこれ数時間後。

 ようやく登頂に辿り着いた。


 まるで火口全体を囲む形で王冠型のような砦が建設されている。

 青白い壁に包まれ、ある意味鮮やかで芸術性すら感じてしまう。

 簡易用の施設にしては強固そうな造りで、しっかりと地表に固定されている。

 魔法による技術だろうか?


 近づく度により一層寒さが増し冷気が肌に突き刺さる。


「この辺りは常にマイナス20度に保たれている。人族やエルフ族では些か辛いかもしれんが我慢してもらうぞ」


 私達より圧倒的に薄着であるディアリンドが何食わぬ顔でしれっと言ってくる。

 いくら標高4千メートルもある山頂とはいえ異常すぎる寒さだ。

 とはいえここは異世界、そういう所なのかと言われれば割り切るしかないのか。


「にしても寒すぎでしょ? ここってどうなっているんすかぁ?」


 香帆が身を震わせながら訊いている。

 転生者で50年以上も異世界で暮らしている彼女でさえ理解できない環境のようだ。


「あの砦を維持するために、フレイア様が施しているのです。中に入ればわかります」


 マントのフードを被ったミルが答え、香帆と私に何かの包みを渡してきた。

 包みの中には湿布のような物が束になって入っている。

 なんでも身体に貼っておくと体が温まると言う。

 温湿布、いや特殊な懐炉湿布と例えるべきか。


 しかしさっきの三バカ達もそうだけど、悪評高きフレイアの眷属にしてはみんな親切ね。

 ディアリンドも奴隷と称する私達に礼節を弁えているし思っていたのと印象が異なっているわ。


 それから砦の中に入って行くと、ミルが言っていた意味がわかった。


(……氷よ。床や壁、天井に至るまで全て分厚い氷で構成されているわ)


(てことは魔法? けどこれだけの砦なら魔法士(ソーサラー)数十人は必要だよぉ。しかも長期間維持するとなれば百人越えだねぇ)


『ギャルエルフの言う通りですね。フレイアという勇者一人の仕業なら脅威としか言いようがありません……ユニークスキルだとしてもチート級と見ていいでしょう』


 香帆とアイリスの言う通りね。

 周到で頭もキレる分、厄介な相手になりそうだわ……。


 氷洞の内部は低温だが一定の温度が保たれている。

 メルからもらった懐炉湿布のおかげもあり、ローブを脱いでも問題なさそうだ。

突き刺さるような冷気が遮断されだけ、まだマシな環境ね。


 さらに奥へと案内され、とある部屋へと通される。

 そこはフォーリア王城の「謁見の間」を彷彿させる広さであり、両側の壁際に青白色の鎧を纏った兵士達が20名ずつ整列していた。


 奥側には氷の石段があり、その上には玉座が設置され一人の少女が腰を降ろしていた。

 艶やかな光沢を持つ長き白髪、透き通るような乳白色の肌と銀色の瞳。

とても美しく可憐で神秘的な少女であり、私と同じくらいの年代に見える。

 しかし恰好が異世界の住人にしては独特だ。

 真っ白な軍服のような装いであり、襟の高い将校風のマントを纏い、頭には軍帽子を被っている。


 美少女の斜め後ろには燕尾服姿の男が立っている。

 かなりの大男でマーボ以上の隆々とした肉体を持ち精悍な顔立ち。明らかに少女より年上で三十歳前半くらいだと思えた。

 厳格そうな強面だが、ぴっちり横分けの髪型に背筋を伸ばした佇まいは品が良い紳士に見える。

 それに気配を一切感じさせず、まるで彫刻像のように微動だにしない。


 私と香帆は中央に立たされ、氷の床に膝を着いた。

 

 束の間。


「――報告はゲルマンから聞いていますわ。貴女達がタフミル王から献上された召使いだとか?」


 白髪の美少女は色素の薄い唇を動かし問い詰めてくる。


 間違いないわ。

 こいつが同じ勇者である『氷帝の魔女フレイア』ね――。

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