第三皇女の私が処刑されるまでの七日間〜絶望?しません。罪をなすりつけた婚約者に倍返しいたします〜

きょんきょん

第一話

「もう嫌。どいつもこいつも私に興味なんてないくせに、魂胆が見え見えなのよ」


 自室に戻るなりドレスを脱ぎ捨てると、天蓋付きのベッドに下着姿で飛び込んだ。

 婚前披露宴という無駄なしきたりに、諸外国の王侯貴族や大商人が集まるなか苦手な作り笑顔を続けて結果、顔の筋肉が痙攣している。


「婚前披露宴の間、姫様は休む暇もなく喋りっぱなしでしたもんね」

「そうなの。私なんて元は小国の三女よ? それが突然、魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする社交界に放り込まれて平気なわけないじゃない」


 同い年の侍女のニナは、視界の隅でティーカップに香り高い紅茶を注ぎ入れている。

 立ち昇る湯気から漂う独特な甘い匂いは、私の好きな東のサムネール産の茶葉だった。疲れ切ったときに好きな銘柄を選んでくれる気遣いが、今は心に温かく染みる。


 寝間着のネグリジェに着替え、寝転がりながら左手を掲げると、薬指には身の丈を遥かに上回るサイズの宝石が、照明の光を淡く反射して輝いていた。


 なんでも私が嫁ぐこととなったユースティア王国の、王位継承順位第一位の長男に嫁ぐきさきに代々送られる国宝なのだとか。重くて重くてかなわない。


「ねぇ、ニナ」


 ワゴンで運ばれたティーカップを受け取り、匂いを愉しみながら口をつけると数種類の果実の香りが鼻腔を通り過ぎていく。


「なんでございますか?」

「ニナは好きな人とかいる?」

「す、好きな人でございますか!?」


 突然の質問に顔を真赤にして狼狽える姿を見て、自分と同じであることを確信しホッと胸をなでおろす。

 もしもニナに将来を約束している男でもいたら――大事な友を奪わないでと抗議するかもしれない。

 

「私は、その……好きという感情がよくわかりません。お嬢様こそどうなんですか?

 マルクス皇太子に見初められて、いまや次期皇后プリンセスだと騒がれてるじゃありませんか」

「ちょっとニナ。あのボンクラと結婚することが嬉しいわけないでしょ」


 しばらく沈黙が続くと、同時に吹き出して笑いあった。

 近い未来に、私の〝旦那様〟になる予定のマルクス皇太子は、外見の良さだけがウリで政治手腕などまるで期待できない御方だった。それは城内で働く者なら周知の事実。

 此度の婚約も元を辿ればよくある政略結婚の一つにすぎない。


 私が暮らしていたザガインという国は、ユースティア王国の西に隣接する小国でありながら、希少な鉱物を産出する鉱山を保有しているという理由で、長年大国の庇護下にあった。


 しかし、ユースティア王国内に新たな鉱山が発見されたことで、自分たちの〝存在価値〟が下がるのではないかと危惧したお父様、つまりザガイン国王は、より深いパイプを大国との間に結ぶ必要があると考え白羽の矢が立ったのが私、アシュリーだった。


 幸か不幸か、マルクス皇太子の好みに当てはまった私は、引き合わされたその日に求愛を受けてトントン拍子で今に至る。

 人身御供に利用されたことを呪いはしないが、せめて平穏に暮らしたいと、ニナとの会話で改めて思った矢先――私の体に異変が生じた。


 突如指先が震え始め、それは瞬く間に手から肘へ、そして爪先まで広がり、身体を自由に動かすこともままならなくなると、そのまま床へと崩れ落ちた。


「お嬢様ッ、どうされましたかッ!?」

「い、医者を、呼んでちょうだい……」


 呂律も上手く回らない。慌てて飛び出ていくニナが、大声で医師を呼んでいる声が辛うじて聞こえた。


 いったい、私の身体に何が起きたのか――。次第に溢れていく意識の中で、私しかいないはずの部屋に何者かが入ってくる気配を感じた。

 侵入者は倒れている私のすぐそばまで近づくと立ち止まり、確かにこう告げた。


「やっぱり、お前はいらないわ」


 マルクス皇太子の声で間違いなかった。

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