ビーズで出来たお花の指輪

日野

第1話

 北校舎の二階にある被服室は、水曜日の放課後だけ、手芸部の部室になる。四人がけの大きな長方形のテーブルが九台も並ぶ、広い特別教室だ。


 手芸部の部員は、中学一年生から三年生まで全員合わせても、七人しかいない。広い教室に七人が散らばって座ると、話すのには不便だし、ちょっと寂しいものがある。だから、皆で前の方のテーブルに寄り集まって、まったりと話しながら、それぞれ、自分の好きな物を作っていた。

 編み物をしたり、可愛い布で小物を縫ったり、羊毛フェルトで小さなマスコットを作ったり……。


 中学二年生の山岸みち花は、ビーズのアクセサリー作りをしていた。みち花のテーブルには、ハサミやテグス、そして色や種類ごとに別々の丸いケースにしまわれた、色とりどりのビーズが、きちんと並べてある。

 

 釣り糸のように細くて長い、透明なテグスを、使う長さの分だけ、ハサミで切りとる。みち花は、切り取ったテグスの真ん中に来るように、鮮やかな緑色の小さなビーズを通した。ビーズを一つ一つ通しながら、テグスをビーズに絡めるように、すいすいと編んでいく。するとあっという間に、指先に乗せられるくらい小さな、お花の形が出来上がった。緑色のお花だ。

 次は別の色のお花を作ろうと、みち花はクリーム色のビーズに手を伸ばす。


 「やっぱり、器用だな」


 すぐ近くで、声がする。


 みち花の隣には、男子生徒が座っている。彼はみち花の方に体ごと向いて、テーブルに頬杖をついている。きれいな顔立ちだけど、やんちゃな雰囲気もある男子。

 同じクラスの、雪村玲次くんだ。

 雪村は、少し垂れ気味の大きな瞳を、眠たそうに細めている。


 「慣れればできるよ。やってみる?」


 みち花が聞いてみると、雪村はゆるく、頭を横に振った。


 「俺、そういうの苦手。見てる方が良い」


 「そっか」


 みち花はまた、ビーズをテグスに通す。その様子を、雪村がじっと見つめる。


 もちろん、何も作っていない雪村は、手芸部の部員ではない。ただ、塾へ行く時間になるまでの暇つぶしに、被服室でダラダラしているだけの部外者だ。

 みち花と雪村は今年の四月に、初めて同じクラスになった。友達になってからまだ二ヶ月も経っていないけれど、かなり仲良くなったと、みち花は思っている。


 みち花はどちらかといえば、大人しめの女子に分類される。見た目も普通で、飾り気がない。ショートボブの髪に、校則を守ったひざ丈のスカート。愛用のリップクリームも、色の付いていない、無香料のものだ。

 ビーズのアクセサリーについては、ド派手な物から可愛らしいモチーフまで、色々とカラフルに作っているけれど、みち花本人は、シンプルな格好が好きなのだ。

 

 それと、男子とは元々、交流がない。みち花には、絶対に話さなければならない用事でもないと、男子と関わろうとする発想すらなかった。

 別に男子が嫌いとか、苦手なわけではない。ただ、何となくそうなっただけだ。


 だから、新学期が始まって早々に、雪村が突然、とんでもなく気楽に話しかけてきた時、みち花は戸惑った。雪村はクラスの中心にいるタイプの、かっこよくて目立つ男子だ。彼の周りには常に誰かがいる。沢山の人と、いつも楽しそうに笑い合っている。明るい笑顔の似合う人だ。

 

 そんな雪村と、何を話したらいいのか全然分からないし……、ちょっと恥ずかしい気がして、不安だった。


 でも、何だかんだ話をして、一緒にいるようになって。だんだんと、みち花は雪村の存在に慣れた。


 いろんな人と仲良くするのが当たり前な人だから、私とも友達になったんだな。


 そう納得していたのだが。流石に、部活にまでついてくるのには、やっぱり驚かされた。

 




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る