王女の決意
編端みどり
王女の決意
今日のスケジュールは、やりたくもない勉強に礼儀作法、身を守る護身術もある。七歳の王女は毎日イライラしていた。
「もうやだぁ……! 兄様のとこに行く!」
「王太子殿下は陛下と視察に出ておられます。甘えようとしても無駄です」
厳しい教師に勝てず、王女はスケジュールを全てこなした。だが、気持ちは落ち着かないままだ。時刻は16時。教師が帰り、ようやくひと段落する。
しかし、のんびりしている暇はない。大量の宿題が王女に自由を与えてくれない。
「……もう、やだ。王女になんて、なりたくなかった」
侍女の目を盗んで城を抜け出そうとした王女を捕まえたのは、見習い騎士だった。
「王女様、どこへ行かれるおつもりですか? お一人は危険です」
騎士見習いの鎧を着た見た事のない男が、王女の腕をそっと掴んだ。
「だれ?」
「騎士見習いのクリスと申します」
「騎士見習い? 騎士ではないの?」
「はい。私はまだ正式な騎士ではありません」
「騎士じゃないなら、放っておいて!」
「そういう訳には参りません。王女様、せめて私をお連れ下さい」
「嫌よ! 一人にして!」
「一人で、どこへ行くおつもりだったんですか? 私は平民の騎士見習いです。私が分かるところなら、ご案内しますよ」
男は、優しくゆっくりと王女を宥めた。
「じゃあ、街に連れてって。わたくしも、平民のみんなと同じご飯を食べてみたい」
この要求がどれほど無茶なのか、王女は分かっていた。きっと彼は困った顔をしてできないと言うだろう。もしかしたら、叱られるかもしれない。
それでも、王女は自分の気持ちを誰かに言いたかった。しかし王女の予想に反して、男は穏やかに笑った。
「かしこまりました。私は平民です。街の案内ならお任せ下さい。日が暮れるまでなら、ご案内します。ご面倒でしょうが食事は私が毒味した後に食べていただきます。それでもよろしいですか?」
「もちろん! 本当に街に行けるの?」
「私が責任を持ってご案内しますので、ご安心下さい」
「嬉しい! ありがとうクリス様!」
王女は、ひとときの安らぎを得た。
「ねぇクリス様、これはなんですか?」
「これは、串焼きです。食べてみますか?」
「ぜひ!」
王女と変わらない歳の男の子が、美味しそうに串焼きを頬張っていた。
「あーやっぱ串焼きはうめぇなぁ」
目の前の少年が羨ましくて、王女も彼の口調を真似てみる。串焼きを貰い、一口食べるとこう言った。
「串焼きはうめぇ」
庶民が使うには問題なく、貴族や王族が使えば大騒ぎになる言葉遣いに、騎士見習いの男の顔が歪んだ。
「高貴な方がそのような言葉遣いをしてはなりません」
小声で注意された言葉は、何度も教師に注意された言葉と同じ。その瞬間、王女の目から涙があふれだした。
「申し訳ありません。失礼な事を申しました」
涙が止まらない王女を小さな丘に連れ出し、ゆっくり話を聞く男。先ほど険しい目をした時と違い、必死で王女を慰めようとしている。
「……もう、やなの。お勉強、嫌い」
「王女様。私も勉強は嫌いです。でも、やりますよ」
「どうしてよ! クリス様は平民でしょ?! お勉強の義務なんてないわ!」
「あります。私は騎士見習いです。騎士になるには、勉強が必要なのです」
「クリス様は自分で騎士を目指したのでしょう?! わたくしは、王女になんてなりたくなかった! クリス様みたいに、平民が良かったわ!」
「……王女様……生まれは変える事ができません」
「分かってる……分かってるけど……!」
「分かっておられるなんて、王女様は大人ですね」
「……おと、な?」
いつも子どもじみたことはやめろ。王族なんだからしっかりしろと叱られていた王女は、大人だと言われ嬉しくなった。
「ええ、王女様は大人です。見て下さい、この街を。串焼きのお味はいかがでしたか?」
「美味しかったわ。とっても美味しかった」
「街が平和だから、屋台で串焼きが食べられるんです。王族のみなさまが、民を守って下さるから……我々平民は穏やかに暮らしていける」
「嫌いなお勉強も、あの串焼き屋のおじさんの役に立つの?」
「はい。王女様のおかげで、我々は平和に暮らせるんです」
「わたくしが礼儀作法を覚えたら、クリス様のお役に立つの?」
「はい。その通りです。王族のみなさまが美しい所作で人々を魅了し、平和を守って下さるから私達は幸せに生きていけるのです」
「王族って、凄いのね」
「はい。とても凄いのです。王族は誰にでもなれるものではありません。私は騎士にはなれますが、王族にはなれません」
「……そっか。わたくしでないと、いけないのね。クリス様、今すぐ城に帰ります」
「かしこまりました」
「いつかわたくしが立派な淑女になったら、褒めて下さいね」
王女の呟きは、誰の耳にも届かなかった。平民と王族が結ばれることはない。幼い王女も、それは充分分かっていた。だからせめて、彼が認める立派な王女になって民を守ってみせる。王女はそう決意した。
王女の決意 編端みどり @Midori-novel
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます