第9話 一人の人間で、駒なんかじゃない!
「おはよう松雪さん」
「おはよう烏丸くん。今日の午後雨降るらしいわよ。ちゃんと傘持って来た?」
「持って来てるよでっかいの。松雪さんこそ大丈夫? 家で忙しいんでしょ。うっかり忘れたりとか」
「大丈夫よ。もう傘立てに立ててあるわ」
ほら、と良子が指差す先は烏丸が持って来たであろう他のものよりも一回りくらい大きな傘の隣だった。
「あれならすぐ帰れそうね」
「見つけやすい」
午後になると天気予報通り雨が降り始めた。どんどん勢いを増して最後には滝のような雨になった。
こんな日は裏山は使えないから教室から校門まで雑談をして帰るくらいだ。
帰り支度を終えていざ傘を探そうとした時、烏丸のはすぐに見つかったが、隣に置いてあった良子の傘が見当たらない。
「あら、誰かが移動させたのかしら」
クラスの傘立て全部を見ても見つからない。
「どうしよう、帰るの、遅れたら」
傘を誰かに盗まれたかもしれないという事実と今日は珍しく授業が6限まであって家の門限が近づいていることが頭の中でこんがらがってぐちゃぐちゃになった結果呆然とするしかなかった
(止むまで待つ? でもそしたら門限が、でもなんで私の傘無くなっちゃってるのこんなタイミングで)
「……つゆきさーん、松雪さーん」
烏丸の呼びかけではっと現実世界に戻って来た。
「他のクラスとかもみて来たけどやっぱりなかったよ。学校の貸傘も残りゼロ。だから、俺の傘普通のより大きめなんだ。入っていきなよ家まで送るよ」
「お、お願いしてもいいかしら」
良子は目に見えて焦っていた。だから忘れていたのだ。自分の門限が遅くなることは、父親の帰宅時間にも近くなるということを。
今日は良子の時間がないからおしゃべりは控えめでただひたすら濡れないようにしながらいつもより早足で歩いた。
「烏丸くん。ここまででいいわ。これぐらいの距離なら走って帰れるわ」
「君を濡らしたまま帰らすのは忍びないが事情が事情だもんね」
「ええ、ここまでついて来てくれてありがとう。烏丸君」
「じゃあまた明日」
「うん。明日何かお礼持ってくわね」
そうして二人が別れようとした時、後ろから声がかかった。それも男の声だ。
「良子、その男は誰だ。お前にはまだ誰が婚約者か話していないからそれ以外だな。顔合わせまでは大人しくしていろと言ったはずだ!!!」
運悪く父親の帰宅時間と被ってしまったようだ。
良子の体は父親に怒鳴りつけられたことですくみ、震えている。烏丸はそっと良子を隠すように立ち父親からほんのちょっとだが引き離した。
「うちの娘は貴様の父親のようなどこにでもいる平社員の家に嫁がさせるために育てたんじゃあないんだ。それをあろうことか手を出そうとするとは。貴様、名前を言ってみろ貴様に関係するすべてのスタッフをクビにしてやる!」
烏丸は恐れずに怒鳴り返した。
「俺の名前は烏丸天! 俺の親族は誰もお前が社長をやっている会社や工場には勤めていない。そんなことよりも松雪さんをお前の人生の駒みたいにしやがって! 松雪さんはもっと自由になっていいんだ! 松雪さんは一人の人間で、駒なんかじゃない!」
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