第7話 君はもっと自由になっていいんだ

「やだなぁって何が嫌なんだい? 宿題?なら俺もわからないところあるから、教え合いっこしない?」


 準備を終わらせて来た烏丸が後ろからひょこっと顔を出した


「あら、声にでてた? なんでも無いの。大丈夫よ。宿題、分からない所があるのならば教えましょうか」


「うわぁ、助かるありがとう! 実は明日その問題当たる予定だったんだよね」


「では早速、ええとこの問題はグラフを書いた方が分かりやすいわね」


 良子は自分が持っているメモ用紙に簡単な図を書いて説明した。


 話を聞いていた烏丸の顔はどんどん明るくなり、最後には


「この問題すごくわかりやすかった。ありがとう松雪さん天才! 先生できるんじゃないの?


 その後しばらく良子に対する称賛は止まらなかった。ひとしきり踊りながら褒めた烏丸は言った。

「それで、本題なんだけどさ、もしかしたら俺に何かできることがあるかもしれないし話せることだけ話してみたらって思ってるんだけど」


「ええ、でもどこから話そうかしら」


「俺としてはそのたった2ヶ月しかいないけど毎日どこかしらしてる傷について気になるなぁ」


「周りに人はいませんよね」


「うん。俺気配に敏感な方だから安心して。人っ子一人いないよ」


 良子はなぜ今自分がずっと隠してきたことの真相を話そうとしているのか、自分でも分からなかった。2ヶ月もよく一緒にいたから気を許してしまったのだろうか。


「この傷は……家族につけられたものなんです」


脳は混乱しているが、唇は真実を語り出した。


「私が低脳でグズだから父の帰宅時間に間に合わなかった。私が料理がうまくできなかったから、まだ温めたばかりの味噌汁をかけられた。こんなように失敗するごとに何かしらされるので傷だらけなんです。失敗する私もダメなんですけどね」


「どこかに相談しには」


「行ったわ。でもそこで働いている人には影響がなくてもその家族が私の父の工場で働いていることが多くてまともに取り合ってくれなかったの。きっと私のことを守ればクビになってしまうから」


 助けてもらえなかった当時を思い出したのか良子の目元の雫が今にも落ちそうだ。


「そっか。この辺りの大人はみんなそうやってたった一人の女の子を犠牲にして自分を守って来たんだな」


「ええ。でも他人の未来を壊すよりも私一人が我慢、すれば……」


あとの言葉はこぼれ落ちてくる雫が邪魔で声にすることはできなかった。


「抱きしめてもいい?」


「なんで、ですか? そこまでしてくださらなくても、すぐに、泣き止むわ」


「じゃあ頭撫でるね。なあ、そんな我慢ばかりしなくていいんだよ」


 烏丸は落としたら割れてしまうような、繊細なものに触れるように、優しい手つきで良子の頭を撫でた。


「ここに君の敵はいないよ。だから思う存分泣いて大丈夫」


 その言葉で涙腺が崩壊した。良子は子供のようにわんわんと泣きじゃくった。


「君だって他の子達のように都会に逃げたっていいんだ。暴力から逃げたっていいんだ。君がしていることで家庭がなんとかまとまっていたとしてもそんなバランサーじみたことやらなくていいんだ」


烏丸は泣きじゃくっている良子が聞いているかは分からないけど言葉を続けた。


「君はもっと自由になっていいんだ。それとも、飛んで逃げちゃう?」

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