第5話 なんで言い訳しようかしら

 結局その日はそのまま解散することになった。


「じゃあね松雪さん。また明日」


「烏丸君。また明日」


 良子はたった一人の帰り道で友人のいる学校生活の楽しさを噛み締めていた。


 明日は何を話そうかな


 また明日も話してくれるかな


 自分は父親の駒であるということを忘れそうになってしまう。自分に好かれても嫌われても何にもならないのに、話しかけてくれる彼はなぜだか全く理解できないが、興味を持ってしまう。それに加えて一目惚れだなんて。初めて言われたその言葉は良子の顔をほんのり赤く染め上げるには十分だった。


 私は一人でいなければいけないのに


 私は他人と関わってはいけなかったのに


 だからこんなことになってしまったのだろう。


「ただいま帰りました。あら、お父様おかえりになっていたのね。お帰りなさい」

 

 珍しく時間より早く帰ってきていた父に深く頭を下げる。


「最近は随分と楽しそうにしているみたいじゃないか。話がある。奥の部屋に来い」


 奥の部屋。つまり怒鳴っても殴りつけても何をしてもご近所さんには届かない部屋である。そこに呼ばれるということはおそらくそうなのであろう。


 やはり最近は浮かれ過ぎていたようだ。覚悟を決めて鞄を自室に置き、呼ばれた部屋へと足を運んだ。その足取りは重く、体がそこへいくことを拒否していることがうかがえる。


「お父様、良子です。入ってもよろしいでしょうか」


「早くしろ」


「はい」


良子の父は仁王立ちで腕を組んで待っていた。そしてその前に一つある座布団を指して座れ、と良子に命令する。


 良子は震えながら座布団に正座し、仁王立ちをしている父の方を見上げた。瞬間平手が良子の左頬を襲う。パンっと小気味良い音がした。


「お前のクラスメイトが報告してくれてな、お前恋愛ごとにうつつを抜かしているそうじゃあないか」


「いえ違います、あれは、烏丸君とはそんな関係じゃありません」


「口答えをするな!」


「きゃあ!」


今度は右の脇腹を足で蹴られたのだ。ドンという音とともに良子は横へ吹っ飛んでしまった。


 吹っ飛んだ良子の元に父親は歩いてきて、良子の前髪を乱暴に掴んで顔を無理やり自分の方に向けさせた。


「いいか、お前は俺の駒だ。お前の婚約者ももう決まった。顔合わせまでの間大人しくしていろ。それができないなら、分かっているな?」


「……はい、お父様」


 良子は自室に戻り怪我の確認をした。蹴られた脇腹に打たれた顔はどちらも赤く腫れ上がっていた。


「痛っ、どうやって隠そうかしら。脇腹はともかく顔はどうにもならないわ」


 とりあえず大判の絆創膏だけ貼って腫れを隠す。明日はこれで登校せねばならない。


—烏丸君は絶対に突っ込んでくるでしょうね。なんて言い訳しようかしら


言い訳なんて考えても碌なものが出てこない。せいぜいが転んだ、くらいであろうか。


 烏丸は良子が転んだといえばそこからはあまり追及しない。追求したら良子が傷つくことになると分かっているからだ。


 良子は理由までは知らないが、あまり踏み込んでこないことだけは知っている。


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