第3話 もうちょっとそこで話していきませんか?

 4月も末になればクラスや時間割にみんな慣れてくる。仲良しグループも形成され始めクラスという集団の中でさらに小さな集団が形成されていった。


 良子はそんなものとは無縁だと思っていたが、今年はなんと縁があったのだ。4月から根気強く話しかけてきていた烏丸が、クラスの皆から松雪良子に話しかけに行く変人兼友人として認定されたのだ。


 つまりクラスの中でも良子と烏丸は友人であると思われているということだ。


 良子は友人を作ることはもう諦めていた。本当はもっと気軽に話せる人が欲しいとは思っていたが、自分の背後にいる父親や叔父と皆の関係を考えると諦めざるを得なかった。


 でも友人ができた。ささやかな願いが叶ったのだ。 


「松雪さん、かえろ」


「ええ、いいわよ」


 こんなやりとりももう二桁目で、校門まで一緒に帰るのは恒例となりつつある。


 ただの友達のように他愛のない話をして、また明日ねと手を振る。どこにでもありふれたやりとり。松雪良子が手に入れられなかったもの。けれど最近手に入れることができたもの。


 差し出された手に、手を差し出すことはまだできない。外で堂々と話したり一緒に歩いたりするなんてもってのほかだ。


 それでも、良子がやってみたかったささやかなやりとりは良子の固まった心と造られた警戒心をほんの少しだけ緩めたのだった。


「じゃあまた明日」


「あ、あの烏丸君」


 いつもならば良子もまた明日と言って別れるところを良子が止めたのだ


「学校の裏に景色が良くて、人にもみられにくくてそれで……っいい場所があるの。もうちょっとそこで話していきませんか?」


 何か悪い話、例えばもう一緒に帰れないだとかをされると思って強張っていた烏丸の顔がみるみるうちに笑顔に変わり、そして満面の笑みで良子の両手を取った。


「いいよいいよ〜。松雪さんの方から誘ってくれるなんて嬉しいな! 俺今月の中で1番嬉しいかも」


「あのちょっと手は離していただけると……今月1番だなんて大袈裟よ。私はお父様の駒です。そんな私なんかといて本当に楽しいのか?」


「楽しいに決まってるだろう。だって僕は君が大好きなんだから。会社でもない。君の父親や叔父さんに取り入るつもりもない。君自身が大好きなんだ」


「お世辞と受け取っておくわ。こっちの都合で申し訳ないんですけど、あまり時間が遅くなるといけないのでそろそろ移動しましょう」


 烏丸にとっては良子自身を見ていると伝えたかっただけなのだが、言葉のチョイスが少し悪かった。何も知らないものから見ればこれは歴とした告白である。


 烏丸自身に告白をしたつもりが全くないことが幸いして、双方気まずくなることはなかった。


 良子が連れてきた場所は学校の近くの裏山を少し登ったところにある休憩所だった。夕焼けがよく見えるいい場所である。


 そこで2人はしばらく学校のことや故郷の田舎のことを話した。烏丸はあまりにも周りの生徒たちと違うから他のもっと大きい町から来ているのかと思っていたが、実は違ったらしい。


 烏丸も良子が住むような田舎で良子とは違う所の出身のようだ。


「あなたはせっかく自分の田舎から出られたのにこんなところに来てしまって残念ね」


「そうでもないさ。なんせ卒業までに落としたい子がいるんだから」


「その子は幸せ者ね。あーあ、私も恋愛とかしてみたかったかもなぁ」


「すりゃいいじゃん」


「だめよ。私には時期に婚約者があてがわれるわ。会社を大きくより安定させるための政略結婚のね。だから恋愛禁止なのよ」


「窮屈なところに生まれちまったもんだねぇ。なあ、俺が前に話したこと覚えてるか」


「飛び方を教えてくれる、でしたっけ」


「君はきっと最初はとても、すごく、飛ぶのが下手くそだとは思うけど、ちゃんと飛べるようになるさ」


「人間は空を飛べないのよ」


「人間じゃなかったら?」


「さぁ、御伽話の世界のお話かしら」


「どちらかと言うと日本の妖怪の方が近い」


「うふふふふ、面白いこと言うのねあなた。妖怪だってこの世にいないじゃない」


「いるとしたら?」


 少し悲しげに笑うその顔を見ると、妖怪なんていない、なんて言えない気がした。そしてその笑みは悲しそうなだけでなく不気味さも含んでいた。空気が重い。


—私の前にいるのは人間? それとも……


 良子はなんだかゾッとするものを感じた。


「なんて、うそうそ。ちょっと脅かしてみただけだよ。そんなに怯えないで」


「もう、からかわないでよっ」


烏丸の言葉で重くなっていた空気が霧散した。

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