第12.51話・403_forbidden

 彼女―――斎藤天照と同居―――というかあっちの家に居候―――してから数ヶ月が経った。彼女は前の戦いで痛手を負い、今はあまり動き回れる状況にない。彼女が動くのは、せいぜい夕日が沈みかかり月明かりが地面を照らし始めた逢魔ヶ時からだ。

 それまでは、私が彼女の世話をしている。前までは不慣れだった料理や洗濯、掃除なども今ではすっかり手慣れたものだ。最初は人の家に上がるなど初めてだったもので、緊張したのだが、買い出しに行って帰ってくる、などのという動作に慣れたことで、ここが自分の家だと認識するようになった。

 今作っているのは、彼女の大好物であるラーメンだ。特に味に好き嫌いはないのだが、彼女いわく一番好きなのは「ヤサイマシマシカラメマシアブラスクナメニンニクマシマシカタメ」らしい。何を言っているのかは分からないが、自力で翻訳して「野菜増しまし辛め増し油少なめニンニク増しまし硬め」という結論に至った。最後の「硬め」は麺の硬さのことを言っているのだろう。私がそんなに茹で加減を調整できるほど料理上手いと思うなよ。

 まあ、そう言いつつ買い込んだもやしをラー油や唐辛子で辛めにした豚骨スープ(ニンニクも大量)の上にのせ、溢さないよう慎重に彼女の部屋まで持っていく。私の部屋は二階の物置と化していた部屋で、彼女の部屋は和室である。

 和室の襖をちょっとノックし、こう告げる。

「ラーメンできたよ。先生」

「持ってきてくれ。もう腹が減って死にそうなんだ」

 帰ってきた返事は、まあこの人ならそう言うだろうな、という反応であった。しかし、本当に死にそうになっているのだから笑えない。

「はい、どうぞ」

「よし、私は先に食べているから、お前も早く食えよ。んじゃ、いただきます!」

 勢いよく麺を吸い込み、目をキラキラと輝かせている彼女だが、彼女は今はある特異体質―――状態異常と言ったほうが適切か―――に目覚めている。それは、「睡魔に襲われることがない」ということだ。

 それ故、彼女は一睡もしない。そのため、健康状態があまり良くなく、肌が日光で焼けるほど脆くなり、逢魔ヶ時からしか動けない体になってしまった。

 しかし、逢魔ヶ時になってからは、彼女の時間である。

 逢魔ヶ時になり、稽古をつけてもらう。この稽古というのは、ほとんどが実戦訓練で、気を抜けば絶対殺されるという状況までいつも追い込まれる。そのため、私は、以前より強くなり「無限回繰り返してあらゆるパターンを試す」という能力から「無限に関連するあらゆる物を現実に持ってくる」という能力に進化したのである。

 例として、「無限遠点」を現実に持ってきて、彼女と私の距離をゼロ距離にし、そのうちに攻撃を叩き込もうと思ったのだが、彼女は私が攻撃するよりも速く拳を突き出し、腹を殴られ嘔吐している私に拳銃を突きつけられたこともある。

 そんな生活が続き、はや数ヶ月経った日のことである。

 私が、いつものように買い出しから帰ってきて、「ただいま」を言った。しかし、いつもならば「おかえりー」と気の抜けた返事が必ず聞こえてくるはずだが、今日に限って聞こえない。

 もしや、特異体質が治って普通に眠れるようになったのでは? と考え、買ったものを玄関に置き、すぐに彼女の部屋―――和室に走っていった。

「先生!」

 そう言ってガタンと激しく戸を開けると、そこには目を閉じて布団の中で豪快にいびきを立てて寝ている彼女の姿があり、戸の音か、私の声か、どちらかが要因となってしまって、目が開いてしまった。そうして、こう言った。

「……まだ寝て数十分しか立っていないのに……。おかえりなさいがなかったのがそんなに不安だったのか?人が気持ちよく寝ている最中に起こすなど、なんてやつ」

 そう嫌味(皮肉?)を言われたが、私の心は、この状況に耐えかねついに涙腺から涙を出した。

「先生ぃ……、先生!」

 そう言って抱きついた感触は―――

―――肉塊の感触だった。

 そう。私は嘘を言っていた。本来は……


 私が、いつものように買い出しから帰ってきて、「ただいま」を言った。しかし、いつもならば「おかえりー」と気の抜けた返事が必ず聞こえてくるはずだが、今日に限って聞こえない。

 もしや、特異体質が治って普通に眠れるようになったのでは? と考え、買ったものを玄関に置き、すぐに彼女の部屋―――和室に走っていった。

「先生!」

 そう言ってガタンと激しく戸を開けると、そこには―――目を閉じて布団の中で腹を切り裂かれ死んでいる彼女の姿があり、戸の音が、私の声が、一瞬で何処かに行ってしまったかのように、あたりが静まり返った。

 皮を剥がされ肉が丸見えになっている先生を見て、私の心は、この状況に耐えかねついに涙腺から涙を出した。

「先生ぃ……、先生!」

 そう言って抱きつけど返事はない。肉のぐちゃぐちゃとした嫌な感触が顔中にまとわりつき、血がついてもなお、私は縋り続けた。


……その中で、「怒り」と「憎悪」などの負の感情が入り混じったことが、またしても後の悲劇を生んでしまうのか。


 彼女を殺したのは、彼女が乗り込んだあの私が拉致されていた暴力団のボス―――組長であった。私は、彼のことをよく知っていたため、報復としてその暴力団を壊滅させた―――末端の仕留めぞこないは何人かいたが―――。これが私の人生の、転機となる出来事の一つであった。

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