第71話
「今日、友達と有名なケーキ屋さん行ったから食べてー」
「あの……毎回、ありがとうございます!でも、悪いです」
「遠慮するな!」
由佳さんの子どもの
「あんたが言わなくて良いのよっ!気にしないで。
「えええ!?そんなの私、ほんとに力になれてるのかどうか……」
私は由佳さんに麦茶を。透くんにリンゴジュースを注いで出した。それを見て、由佳さんは苦笑する。
「リンゴジュース、透のために買ってくれてるんでしょ?最初無かったもんね。そういう小さな心遣いする
「えっ!?いえ……そんなことを色々考えてるわけじゃないです」
なんとなく恥ずかしくなって私が言うと、由佳さんがパッと窓の外を見た。
「なんか車、家の前に停まったけど?お客さんかな?」
リビングの大きな窓から車の影が見えた。バタンと閉まる音。あの車は……まさか?また?
チャイムの音に私は恐る恐るドアを開けた。お父さんと笑顔を浮かべる奥さんがいた。子供達は今日はいないようだった。
「桜音、近くまできたから寄ったんだが……ん?お客さん来てたのか?
お父さんがそう言う。嫌な緊張を私はしていたけれどお父さんの言葉に、えっ?となる。千陽……くん?
「千陽くん?えっ?いつ、お父さんは千陽さんに会ったの!?」
お父さんの顔がしまった!となる。パタパタと透くんが走ってきた。
「こらー!透!……桜音ちゃんお客さん?私達、じゃあ、帰るわね」
居て欲しいです!と、すがりたい気持ちになったけど、そんなことできるわけもなくて、ハイ。ありがとうございますと私はお礼を言った。由佳さん達とすれ違うようにお父さんたちが家の中に入ってきた。
新しくグラスに麦茶を注ぎ、二人に出すと、お父さんが話し出す。
「さっき、千陽くんの家の近くの畑を通ったが、カボチャの大きな緑の葉と蔓が伸びた所に黄色い花がたくさん咲いていたな。あれはまるで、カボチャの花畑だな」
「あの……お父さんはいつ千陽さんと会ったの!?」
私が尋ねると、お父さんではなく、奥さんが遮るように言葉を発し始めた。
「彼氏がいるのねー。もう卒業して就職したら彼と暮らせばいいのよね。素敵じゃない!この家は私達がちゃんと使ってあげるわよ」
「私は今のところ、この町から出る予定は有りません」
私がはっきりそう言うと、お父さんの表情が強張った。奥さんとトラブルを起こさないでほしいという思いに私は気づいていたけど、言わないと………負けちゃだめ!と守るべきものを守りたいから必死にならなきゃと思う。
「いたいならいればいいんじゃないの?私達、家族はここに住むけど、あなたは彼氏のところなり、アパートで一人暮らしなりすればいいでしょう?」
「私はこの家が大切なんです……家族で過ごした思い出の家を無くしたくないんです」
勇気を出して言ったが、クスッと小馬鹿にしたように私を見て、奥さんは笑った。
「私達家族の方が人数多くて困ってるのよ。それにこの家が無くなるわけじゃないてしょう?桜音ちゃんも来たいなら、いつでも遊びにきてもいいのよ?」
「お、お父さん!私……私にこの家を残してほしいの!」
お父さんはお父さんに頼った私を見て、驚いたような顔をした。
「桜音はこの家がいるのか?必要なのか?………すまないが……」
………謝るの?お父さんは私の味方じゃないの!?目に溜まった涙が一粒流れた。その瞬間、リビングのドアが開いた。
「やだー!忘れ物しちゃった!……あら!?ごめんなさいね。お取り込み中だった?」
由佳さんだった!え!?帰ったんじゃなかったの!?私は驚いて顔を見ると由佳さんがなぜかウインクした。……なんの合図だったんだろう?
「えーと、忘れ物どこだったかなー?……あ、そうそう。新しい奥さんなんですね。会話、聞こえちゃった。この家で満足なんですか?あたしなら、前の奥さんの思い出がある家なんて嫌だわー」
そうニッコリ笑って毒を吐く由佳さん。奥さんの目が釣り上がった。
「リフォームするわよ!それにダサいインテリアも取り替えるわ!」
「リフォーム代ってけっこう高くないですか?あたしも中古の家をリフォームするか、家を建てるか悩んで、話を聞いたんだけど、リフォームするくらいなら新しい家を建てた方が良いお値段だったんですよー。あ!こんなこと、もう考えてるのよね。だって、もう家を奪って住む気まんまんですもんね。ごめんなさい。人の家の話なのに口出ししちゃいけないわね」
口を抑えて由佳さんは失礼しましたと、明るく言う。さらに相手が反撃する前に追いうちをかける。由佳さんの目は獲物を仕留めるようにキラッと光っている。
「そうそう。ここに来るなら、ちゃーんと、あたしがこの地区のしきたり教えてあげるわ。うちの可愛い義理の弟の可愛い彼女をイジメてるんだから、根性ありそうだし、すぐ馴染めそうですね」
こ、怖い……由佳さんが怖すぎる!
サアッと見るからに青ざめる奥さん。
「し、失礼な人ね!」
そう怒ったように言い返してきたと思ったら、お父さんが突然、立ち上がる。
「もういい加減にして、帰るぞ」
え!?でも……と奥さんが戸惑う。お父さんは由佳さんに頭を深々と下げた。
奥さんは苛立ちを隠さずにガタッと立ち上がって、フンっと私と由佳さんにする。由佳さんは気にすることなく、にーっこりと笑顔で、さようならーと手を振る……お父さんは奥さんが行ってしまうと、私に小さく『悪かったな』と言う。その表情は寂しげで悲しそうだった。お父さんは一緒に行ってしまう。
静かになった部屋に取り残された私と由佳さん。やれやれと肩をすくめる由佳さん。
「桜音ちゃんの顔色変だったし、戻ってきちゃった。ごめんね、こんな喧嘩売るようなことしちゃって……」
とても申し訳なさそうに言う由佳さん……だけど私はフフッと笑い出す。
「フフッ……由佳さんすごかった……フフフッ……だめです。笑いが止まりません!」
あの奥さんが圧されている姿を初めて見たことや、由佳さんの……少し演技がかった立ち回りに、私はずっと緊張していて、それが解けて笑い出してしまった。
由佳さんもなんで笑うのよと言いつつ、アハハハと笑い出した。
しばらくして、由佳さんは真面目な顔になって言った。
「こんなことが起こりそうなときは、あたしはもちろん、千陽も駆けつけるし、他の家族も駆けつけるわ。……今の話、あんまり高校生に聞かせたくない女の戦いしちゃった。桜音ちゃんはまだ見なくていいもの、聞かなくていいものを経験してるよね。ごめんね」
「由佳さんが謝ることではないです。助けてもらって嬉しかったです。私、1人なら太刀打ちできなかったと思います……それにどんなことであっても、経験したことは何かに役立つと思います。私は、ずっと寂しかったけど、その分、他の人の寂しい気持ちに気づいてあげることができるんじゃないかって思うんです。そうやって……辛かったことも経験したことは無駄になってないなって思うんです」
由佳さんが優しく微笑み、何も言わず頷いた。
「……千陽さんや栗栖家の皆や友達のおかげなんです。私、今まで見えてなかったことが、千陽さんを通すと見える気がするんです……人の温かさとか本当の心とか……」
そっか……とつぶやいて、ぎゅっと由佳さんは私を抱きしめてくれたのだった。
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