第69話

 藤の花を見ると、千陽ちはるさんと出会った時のことを思い出す。私が座っていたベンチ……今では立ち止まることも座ることもなくなっている。


 千陽さんのおかげだと思った。私を見つけてくれて……ありがとうと小さく小さく呟く。ベンチをジッと見ていると、声が降ってきた。


「おはよー!……ん?どうしたの?」


 ワフワフと口を半分開けながら走ってきたムーちゃんとやっぱりグイグイリードを引っ張られてる千陽さんがきた。


「おはようございます。千陽さんとこのベンチで出会って、1年経つなぁって思っていました」


「季節が巡るのは早いなぁ……お弁当の中も豆だらけの季節だよ」


 そう言って、また豆だらけの時期ですとお弁当を渡してくれる。


「今日はスナップエンドウとベーコンの炒め物にサヤエンドウ入りひじき煮、イカリングとエビフライだよ」


「毎日、ほんとに美味しそう……いつも作ってもらってるから、私も作れるようになりたいです」


 ネットを検索して、たまにレシピを見てることもあるらしい千陽さん。腕が上がりすぎて、料理では勝てる気がまったくしない。


「うーん、桜音おとちゃんのお弁当も食べたいけど、僕が作ったら、桜音ちゃんの喜ぶ顔が見れるって特権がある」


 私の顔!?どんな顔!?と思わず自分の顔が赤くなるのがわかる。それを楽しそうにアハハと笑う千陽さん


じゃあ、いってらっしゃいと手を振ってくれた。私は茶色のフカフカのムーちゃんを撫でてから手を振った。


 なんて幸せなんだろう。私の使ってたベンチ、今までありがとうと思いながら電車に乗った。いつものように、景色を眺めていた。


「ねえ?あれって新居あらいさんのお兄さん?」


 え?と驚いて声の方を向く。同じ学校の制服を着た、メガネをかけた男子生徒だった。


「えーと……同じクラスの松沢まつざわくん?」


 私がそう言うと、彼はニコっと笑った。


「新居さん、オレのこと知ってたの?」


「同じクラスの人は名前を覚えてるけど……」


「新居さん、あんまり男子と喋らないし、人に興味なさそうだと思ってた」


 え!?そんなイメージなの!?私はそうかなぁと言うと、そうだと言われてしまう。


 そのまま学校の話しながら、一緒に学校まで来てしまった。教室に入ると、茉莉まりちゃんがおはよーと声をかけてきて、眉をひそめる。


「なんで松沢くんが一緒にいるの?」


「オレ、新居さんの一駅前に電車、乗ってるんだ。今日はたまたま同じ車両だったから、そのまま一緒に学校、来たんだ」


 そんな感じだったなと思い、私は頷いた。ふーんと茉莉ちゃんは腕組みする。じゃあなーとニコっと私達に笑いかけて自分の席へ行き、他の人と話し出す松沢くん。どうやら、皆と仲が良い感じなので、社交的なんだろうなぁと思った。


「桜音、気をつけなさいよ」


「なにを気をつけるの?」


 茉莉ちゃんは私の反応に微妙な顔をする。


「鈍い……鈍すぎる……。桜音のことを好きな男子がいるって聞いたことあるのよね」


「え!?……そんなことないわよ。松沢くんはたまたま同じ車両だったから、そこから一緒に来ただけだし……」


 私が目を丸くすると、桜音は昔から、こういうの鈍いからなぁと茉莉ちゃんは嘆息したのだった。


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