解答容姿
小狸
短編
私にとって、容姿というのは、価値であった。
もっと言えば、顔だ。
幼い頃、母から言われた心無い言葉で、自分の容姿の悪さには自覚がある。
だから、それを取り繕うために努力をしてきた。
多少風紀の厳しい女子高だったけれど、今は美容系のYouTuberなどもいる。周りの進んでいる友達は、化粧の仕方を習得しているから、彼女らに聞くのも全然ありだ。
そうしてそうやって――やっと私は皆と同じ、「普通」の容姿の場所に立てていると思う。
顔への自己評価は低いのだ。
努力して塗り固めて取り繕って、初めて私は「私」に――
男の目はそういうところ、適当である。
ナチュラルメイクが好き、だとか言って、メイクをしているかどうかすら分からない癖に、適当に言ってくる。
全く――下らない。
結局奴らは、自分の欲を満たすことしか考えていないのだ。
そしてそれ故に、私は、許せない。
何を?
怠慢を、である。
可愛いを、綺麗を、美しいを、取り繕おうとせず――現状に甘えている奴らが、許せないのだ。
それでいてちゃっかり自己肯定感が低くて、自分で努力もしない癖に誰かから可愛いと言われたいと思っている。
ふざけるな。
私達がどれだけ裏で努力して、お金をかけていると思っているのだ。
可愛くなりたいのなら、精進しろ。
綺麗になりたいのなら、刷新しろ。
美しくなりたいのなら、努力しろ。
私はそう思った。
そう思っていた。
高校を卒業し、大学に入った。
周囲の遅れている連中は、メイクの仕方さえも知らない。
知ろうともしない。
そんなんだから煙たがられるのである。
不細工と言われるのである。
そう言われたくなければ、自分で自分を磨け。
大学三年生の頃である。
一人の同級生の女性と仲良くなった。
同級生なので、同年代である。
私の友人は、勿論容姿が洗練されている人々である。
彼女――
彼女には、そばかすがあった。
化粧の際も、肌が弱いので、敢えて隠さないことにしているのだそうだ。
本来ならば、そういうプライベートな話はしないけれど、ふとした拍子に、メイクの話になった。
そして私は、聞いた。
聞いて、しまった。
どう聞いたかは、ご想像にお任せする。
いずれにせよ、この時の私の質問は、失敗だったのだから。
藤花は少し黙った後、こう言った。
「だって、これが私だから」
自らの肌の疾患すらも飲み込む――そんな彼女の太陽のような明るさに、私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
私は。
嫉妬した。
「っ…………!」
気付いたら、身体が行動していた。
気付く前に、身体が反応していた。
ネイルで綺麗に整えた爪で。
藤花の顔を。
猫よりも素早く、豹よりも深く。
思いっきり。
かきむしった。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!」
それが私と藤花、どちらの叫び声だったかは、定かではない。
そのまま、警備員の人が来るまで、私は彼女の顔をかきむしり続けた。もう原型を留めていない、可愛くもなく、美しくもなく、綺麗でもない、そんな顔を見て。
そうか――。
私は。
自信が欲しかったんだ、と。
ようやく私は、理解した。
*
伊豆島美菜子は、大学除籍となり、両親からも勘当され、一時は行方をくらます。
それから美容整形に金をつぎこむようになるも、顎の整形手術を一度失敗し、二度と人前に姿を現すことができなくなった。
伊豆島のその後は、誰も知らない。
それから数年が経過し、献身的な治療の甲斐もあって、秦見藤花の顔が以前とほとんど変わらぬ姿に戻ったのが、令和五年の、五月二十三日のことである。
(了)
解答容姿 小狸 @segen_gen
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