魔法少女と怪人少女
この世界は理不尽に満ちている。
ヒーローや魔法少女達がどれだけ戦っても尽きることがない。
終わることのないそれにヒーローや魔法少女達の中には心折れていくものも少なくはなかった。
それは私にも言えるのだと思う。
魔法少女としてそれなりに経験を積み重ねてきて、ベテランでエース級と言ってもいいだけ実績もある。
これまでにも何度か街や国、そして世界が救われるような戦いにも関わってきた。
…もちろん、救えなかった戦いもいくつもあった。
どれだけのものを取り零してきたのか。
それでも今も戦っているのはどうしてだろう。
救えたときに涙を流しながら喜んでくれた人達がいたから?
救えなかったときにどうして助けてくれなかったんだと責められたことがあったのに?
取り零してきたものの方がずっと多かったのに?
所属している魔法少女協会からの依頼だから、そんな惰性なのだろうか。
10歳のときに魔法少女になって、それからもう18年…少女という年齢ではないとは思うけれど、変身すれば姿は当時からの魔法少女のままではあるけれど。
魔法少女は変身していなくても、歳を取りにくくなるというのもあるのかもしれない。
それでも時間の流れは残酷なまでに流れていくのも実感する。
10年くらい前まではまだそれなりに人気はあったけれど、時間が流れれば新しい魔法少女も増えていくし、時代の流れに乗れず、ずっと戦い続けていた私には今の流行に乗ることはできなかった。
魔法少女人気ランキングではまだ50位以内には載っているのは当時から応援してくれていた人達がまだいるからだろう。
戦うことよりもアイドルや配信者のような活動をしながら人気になっている魔法少女も多くなっている。
やり方や価値観は人それぞれだから、それを責めることはできないし、私も今更アイドルや配信者みたいなことなんてできるとは思ってない。
戦い続けてきたのが惰性なのか、後悔なのか、使命感なのか、自分でもわからなくなってはいるけど、そうしてきたのは私自身なのも間違いないのだから。
それでも、心は摩耗していくのだと思う。
終わらないマラソンレースのように、どこまでも続くこの理不尽は残酷なまでに公平で平等に、世界中で起き続けている。
ヒーローも魔法少女も一線を退いて活動方針を変えるか、引退するか、それとも死ぬか。
そうすることでこの終わらない理不尽に向き合わなくなっていく。
その気持ちを痛いほど今理解ってしまう。
昔はそんな理不尽からみんなを護りたいと思っていた、いや、今でもその気持ちは間違いなく在るけれど…それでも、終わることのない理不尽に折れそうになっている私も間違いなくここにいる。
けれど、私は今日もまた戦っている。
魔法少女協会からの依頼を受けて、とある国のとある街で起きていた異変に対するために。
これまでにも何度かあった世界の危機に関わる異変、今回の依頼からもそのときと同じような気配を感じている。
いくつもの勢力が集まり、闘いと争いが加速していくこの流れは選択を間違えて取り零すようなことになれば世界が悪い方へと傾いていく。
これまでにも共闘した実績のあるヒーローや魔法少女、新進気鋭のヒーローや魔法少女、有名な怪人や魔人や魔獣、チンピラのような連中から異世界や宇宙からの侵略者がまるで渦に飲み込まれるかのように集まってきていた。
この街に潜む秘密結社が創り出した服用したものを糧として異形の怪物を生み出す悪魔の薬をめぐって起きていたこの事件。
その生まれてきた異形の怪物を実験として生み出されようとしている人造の神魔とでも表現すべき上位存在。
これまではまだ私達でもギリギリ対処できるくらいの怪物までしか生み出されていなかったけれども、あくまでギリギリ対処できていただけだ。
それも単体相手に私達がチームアップして対応してなんとかできていたというほどの相手。
それと同等の怪物が複数現れたら、そしてそれ以上の怪物が生み出されたら対応し続けることができるかわからない、いや控えめに言って難しいだろう。
魔法少女協会やヒーロー連盟に応援を要請しても、世界中のいろんなところで中規模の事件が起きていてこの街に送れるだけの余裕がない。
おそらく、それもこの街の秘密結社と手を組んでいるいくつもの組織が関わっているのだろう。
私達だけでやるしかない、けれど力が足りないのは明らかだ。
それが今ここにいるヒーローと魔法少女達の現実だ。
撤退するという選択肢もあるんだろう。
そうすることで失われるものが少なくないと理解っているけれど、ヒーローも魔法少女の命と未来も大切なものなのだから。
だから、私はここにいるヒーローや魔法少女達に現実と選択肢があることを伝える。
これまでに共闘してきたベテランのヒーローや魔法少女達も悔しそうな顔で拳を握りしめ、若いヒーローや魔法少女達も現実を感じているのだろう、震え、涙を流している人達もいる。
その中にいた若いけれど確かな実力をもっている、誰にでも生意気な後輩魔法少女が悲痛な顔で私に聞いてきた。
「じゃあ、先輩はどうするんですか?」
その問いに私は…。
❖
「世界が変わる時にはなにかが起こる」
毎度の如くコルトが突然なにか言いだしたのを聞いて、次の仕事に向けて意識を切り替えていく。
「それはたいてい大きな事件になるんだ。もちろんそうなるまでに静かに事が進んでいくから前兆はあるんだけどね」
「それはそうだろうな」
赤司や無道も友人なだけあって、コルトの言動に慣れているんだろう。
「それで?なにかあったの?」
「うん、世界が僕達にとっても悪い方に傾こうとしてるんだよ」
つまり、この世界の理不尽が加速する方向に進んでいるということなんだろう。
「某国のとある街で
「…なるほど、その神魔というのが生み出されるとその眷属とでも言うべき新たに世界に理不尽を振り撒く怪物が増えると?」
「うん、多分っていうかそうなるだろうね。今でも悪魔の薬を服用して怪物になってる人が増えてるし、それを服用し続けて自我を失ったらもう暴れるだけの災害だよね。薬が馴染めば馴染んだだけ怪物も強くなっていってるし、今じゃもうエース級のヒーローや魔法少女が覚醒した強化フォームでどうにか倒せるって状況だよ」
相当厄介なことになっているのは今の説明からわかった。
「それで、俺達はその街に向かえばいいのか?」
「うん、神魔が生まれようとしているんだけど、その薬を創り出した組織はいろんな組織と繋がっててさ。世界中で結構な規模の問題を起こしてて他のヒーローや魔法少女も応援にいけなくなってるんだよね」
「各国の防衛軍だけじゃ対応しきれないほどの規模か」
「そういうこと、魔法少女協会やヒーロー連盟がその街に送ってたメンバーもそれなりの戦力ではあるんだけど、相手がそれ以上だったってことになるね」
エース級が覚醒した強化フォームで戦えば勝てた、ということは逆に言うとエース級でなければ単体では勝てないということになる。
それなりのメンバーだとしても実力が追いついていないものがいれば足手まといになり、エース級であったとしても全力で戦えないということもあるんだろう。
「その街に行って神魔の誕生を阻止、もしくは討伐が今回の仕事になるのか」
「うーん、神魔が生まれるのはもう止められないし、討伐になるかな」
「コルトの予測だとどうなんだ?」
「現地にいるエース級のヒーローと魔法少女と共闘できれば五分五分ってところじゃないかな。それに加えてエース達と一緒に行ってるメンバーが街から撤退せずに怪物達を抑えてくれればもう少し勝率は上がると思うよ」
「それって結構っていうか、ものすごくヤバい案件よね?」
無道が顔を引き攣らせながら言うが、世界が変わる時とコルトが言うほどならそんなものなんだろう。
「うん、多分僕達にとっても分岐点になるから重大案件だよ。これを乗り越えられないなら望む未来は拓けないって僕は思ってる」
「そうか…なら負けられないな」
「ああ、いつも通りだ。あとは、やるべきことをやるだけだ」
「そういうこと、現地での戦闘は秋と涼斗がメインで遊里はそのサポートだね。彩君と律君と透真君と海斗君は車でその更にサポートだ。海斗君が免許取れたし、皆訓練もしっかりしてきたしいけるよ」
「私達も!?」
「うん、秋達は神魔や怪物を相手に戦闘になるし、秋達と現地にいるヒーローや魔法少女達との連絡役とかも必要だしさ。さすがに遊里一人じゃ無理だよ」
「あ、そっか…そうだよな」
律君の疑問にコルトが答え、海斗君がその答えに納得すると律君達も納得したようだった。
「それでその街と現地にいるヒーローと魔法少女というのは?」
共闘する可能性があるなら情報は知っておく必要がある。
交渉するにしても準備はしておくべきだからだ。
「うん、街の名前はヘルイムシティ、通称は魔幻都市だね。悪魔の幻を纏った怪物がいる街って意味になるのかな?現地にいるヒーローと魔法少女でエース級は4人で、その他にエースではないベテランや若手が16人。エース級の4人がそれぞれ中心になってチームアップしてる」
エース級にもなればそれなりの経験は積んできているんだろう。
そういう人物が中心にチームが組まれるのは自然なことだ。
「5人一組で4つのチームができてて、その中でも最も実力があってベテランのエース級の魔法少女が全体の中心になってるね。その魔法少女の名前はアリシア…魔法少女アリシアだね」
「アリシア…あの魔法少女アリシアか」
「秋さん知ってるんだ?」
「ああ、18年前から魔法少女として活動しているベテランの魔法少女だ。これまでにも世界を変えたとされるいくつもの事件に関わってきた。救ったものもいれば、救えなかったものもいた。それでも今でも魔法少女として最前線で戦い続けている。魔法少女人気ランキングでは50位前後だが、その経験に裏打ちされた実力は魔法少女の中でもトップクラスと言ってもいいだろう。最近はアイドルや配信者のような魔法少女が増えてきている。彼女はそういう活動をしていない分人気も当時に比べて落ちてはいるが、そんな彼女に救われてきた当時からのファンは今なお少なくはない」
「え、あ、うん」
「佐倉は…魔法少女が好きなのか?」
聞いてきたのになぜか戸惑い気味になっている海斗君と俺が魔法少女を好きなのかと聞いてくる赤司に首を傾げてしまう。
「世界の理不尽と戦い続けているヒーローも魔法少女も尊敬はしている」
「いや、妙に熱がこもったような早口だったからな」
ああ、魔法少女アリシアについてのことか。
「俺も当時からのファンだからな。ファンクラブにも入っているし、彼女の公式ホームページから入れるプレミアム会員限定ルームでファンネームでだがチャットすることもある」
「…秋ちゃんが魔法少女のファンとか、なんていうか意外ね」
「うん、アリシアってアイドルとか配信者みたいな魔法少女じゃないんだよね?」
「ああ、当時から…18年前、俺がファンになったのはそれから1年後くらいになるが、そのときから普通に魔法少女として魔獣や魔物と戦っていたな」
「どうしてファンになったの?」
律君の質問に隠すようなことでもない理由を答える。
「命を救われたからだ」
「え…」
「魔獣が街で暴れて、魔法少女がそれを助けた。自分よりも明らかに年下の少女が恐怖に涙を流しながら戦っていたのを見て、それでも笑って大丈夫だと言っていた。そんな少女の力に少しでもなって支えられたら、そう思ったんだ」
この世界の理不尽から救われた人も少なくはない。
これはそんなひとつの出来事に過ぎない。
世界が変わろうとしている時だとしても、それは変わらないのだ。
それでも、いつだって、俺はやるべきことをやるだけなのだから。
ただ、いつもより熱がこもっていることは間違いないのだろう。
彼女ならきっとそうするだろうと思うから。
そして、今度は俺が彼女の力になれるかもしれないという想いがここに在ってしまうから。
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