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僕は少し不満げな顔をして文庫本を閉じた。その瞬間、目の前の引き戸がうるさい音を立てながら開いて、店長が姿を現した。

「ただいまリッ君。何読んでるの?」

店長の質問に、僕はついさっきまで手にしていた本を再び取り上げ、その表紙を店長に見せる。すると店長は「あ」という顔をした。

「それこの間僕も読んだよ。正直あんまり面白くなかった」

その返答に僕は若干だけ顔を明るくした。最近面白いと評判だっから読んでみたのだが、僕もイマイチだと思っていたのだ。

「店長もこれを読んでいたなんて意外ですね」

「リュウにすごく勧められてさ。あの活字嫌いのリュウが面白いって言うから相当なんだろうなと思って読んだんだけど」

「そうですね。正直このキャッチコピーは詐欺だと思いますよ」

僕は【百年に一度の衝撃の問題作!あの加治直輔も大絶賛!】と書いてある帯を指でつついた。ちなみに加治直輔とは有名な小説家だ。

「そうだよね。テレビでも緻密なストーリーって紹介されてたけど、その辺の高校生でも書けそうな内容だよね」

「話自体も薄くてぺらぺらですし……終盤なんて、ありきたりな名言を並べているだけに思えます」

店長と僕がさらなる痛烈な批判を始めようとした時、再び引き戸が開いた。入って来た荒木さんは、カウンターを挟んで話す僕らに少し驚く。彼女は間近の店長を迷惑そうな顔で躱した。

「あれ?それ夜汽車紀行じゃないですか。瀬川君読んだの?」

荒木さんの言葉に僕は頷く。店長が問いかけた。

「雅美ちゃんも読んだの?」

「いえ、私はまだ。なんかすごい評判いいから読もうかなと思ったんですが、粗筋見てもあんまり面白そうに思えなくて……。よければ感想聞いてもいいかな」

荒木さんの質問に、僕と店長は顔を見合わせた。



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