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六月九日、火曜日。昼休みが終わったと同時に教室に入ると、クラスメイトの何人かがこちらに顔を向けた。教師がやって来たのだと思い反射的にこちらを見たのだろう。ドアを開けたのが僕だとわかると、彼らは元の雑談やゲームの操作に戻った。

鞄を机に置くと、近くの女子生徒の集団を抜けて来た一人が僕に声をかけた。

「おはよ、瀬川君。調子はどう?」

古之河さんはそう言って頭の高い位置でまとめた髪を揺らした。彼女は昨日、風邪で休んだ僕のためにわざわざ家までプリントを届けてくれたのだ。更には授業のノートのコピーまで入っていた。正直に言って、一日くらい貰うのが遅れたって支障のないプリントばかりだったが。

「熱は引いたからもう大丈夫だよ」

「そっか、よかった。あのさ、」

その時、家庭家の教師が「はいはい席についてー。出席取るわよー」と高らかに口にしながら教室に入って来た。生徒達は散り散りに自分の席へ帰ってゆく。

「あ、じゃあ、またね」

古之河さんははにかむと自分の席へ駆けていった。先程彼女は何を言いかけたのだろう。

しかし、教師の入室のタイミングは完璧だった。古之河さんを含め、クラスメイトと仲良く会話するつもりなど毛頭ない。ただでさえ身体が怠くて喋るのが億劫だし、それに僕は一人で静かに過ごすのが好きだ。

教師が前回の授業のおさらいを始めた瞬間、僕は古之河さんの言葉の続きを想像することを忘れた。



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