「見事に雨だね……」

隣で荒木さんがぽつりと呟いた。僕はそれを自分に向けて放たれた言葉だと解釈して「そうだね」と答えた。

六月二十八日、朝の十一時。土砂降りの雨を目の前に僕と荒木さんは並んで立っていた。木造の店先は雨を凌ぐには少し心許ない。僕達は徒歩で十五分程の場所にある公園の草むしりをするため店から出たところだった。

「こんなに降ってるとは思わなかったね」

「店の中からだとあんまり音が聞こえないからね……」

昨日の夜から降り続けているこの雨は、朝の天気予報では昼過ぎにやむと言っていたはずだ。荒木さんは手にしている雨合羽に一度視線を落とし、こちらを向いた。

「どうする?カッパ着たらできないことも無いと思うけど」

「僕はどっちでもいいよ。たとえ雨がやまなくても今日中にしなきゃならない依頼だし」

荒木さんは「そっか……」と言って再び雨合羽に視線を落とした。

「やっぱり今から行こっか。後回しにする程面倒臭くなるし」

彼女は屋根の下からそっと手を出した。その手はすぐに水浸しになる。

「そうだね」

僕は雨合羽を広げると肩に羽織った。袖に腕を通しながら考える。荒木さんが今行くと言おうが後で行くと言おうが、僕には「そうだね」と答える準備が出来ていたと思う。自己主張の無い僕と、僕が好きな彼女の、そんな雨の日の朝。



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