第34話 ある剣士の結末


 小さく息を吐き、呼吸を整える。心臓の鼓動が聞こえ、肌が粟立つ。試合と同じか、それ以上の緊張感がある。

 ひりつくような空気。肉体は冷たくなっているが竹刀を握る手は熱い。感触はいつも通りだった。足の指も固まっていない。これなら問題なく動けるだろう。

 広間は薄暗いが相手はちゃんと見えている。見張り役はこちらにきていない。手にしているナイフやバッドなど人を傷つける凶器だ。

 羽黒と呼ばれた男はソファに腰掛けており、余裕を見せている。こちらなど眼中にないのだろう。

 実質的な相手は十人ほど。そのうち武器を手にしているのは半分。ナイフやバッドなど人を傷つけることができる凶器である。構えや佇まいを見てれば素人なのはわかる。試合で戦った相手の方が腕は上である。


 だがこの人数を相手にすれば、不覚を取る恐れはある。複数人を相手にする稽古はしたこともあるが、あくまで一対一を連続で行う稽古だ。一体多数は初めての経験である。試合と違い、どんな予想外の事が起こるかわからない。

 それでも全員を倒す必要はない。ある程度打ち倒し、逃げる時間を稼げばいいのだ。本当はこんなことに竹刀を使いたくはないが、状況が状況である。後輩を助けるために戦わなくてはいけない。

 まずは正面にいる相手を崩す。囲まれないように動き必要がある。動揺させれば有利に立ち回れるはずだ。

 敵はこちらの出方を窺っている。流石に竹刀を構えた相手に飛び掛かるような気持ちはないのだろう。リーチはこちらの方が上である。防具を付けてないため、肉体が涼しく感じた。


 静かに気合を入れる。燃えるような闘志。一粒の汗が流れ、唇を引き締める。試合でも喧嘩でもやることは変わらない。

 敵をしっかりと見据える。足の指先に力を込め、一気に距離を詰めた。振り被る竹刀は流れるように敵の頭上へ向かう。タイミングは完璧。文句なしの手応えだ。躱すことなどできるはずがない。


「がひゅ」


 視界が点滅し、地面が揺れる。竹刀を打ち込んだ手応えではない。自分の口から漏れたものだと気づくのに数秒かかった。

 再び強い衝撃に襲われ、言葉にならない息が零れた。遅れて焼けるような激痛が全身を駆け巡る。ぬめりとしたものが頬を流れ落ちていく。

 立っていることができず、その場に足を付く。霞むような目で頭上を見ると、雨のように降り注いでくる物体があった。反射的に目を瞑り、両腕で頭を守るが、それは容赦なく肉体を打ち据える。

 一つ一つは小さいが、何度もぶつけられれば、ダメージは蓄積する。まるで散弾銃の弾を当てられているようで、足が動かない。

 立てない原因は痛みだけではない。これは恐怖だった。薄暗いの中で視認もできないのに、当たれば確実に肉体を削るもの。試合でも感じたことのないモノに身を竦ませる。ダメだとわかっていても足が反応しないのだ。


 指先に重みは感じない。気づけば竹刀は手から離れていた。

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