二人と一匹 三つの心は交わらない
アンギラス
第1話 刑事と泥棒と
暗闇に染まる古城を一つの影が駆け抜ける。神話に語られる戦士たちでさえ、侵入できないような城壁も影には通じない。
その影を追って、数十人もの屈強な男たちが殺到する。荒々しい怒号が飛び交い、激しい熱で空気が膨張する。地震のように城が揺れていた。
影をもてなすように銃弾が雨あられとなって降り注ぐ。イカしたリズムで刻まれる銃声は最高の音楽だ。影は口笛を吹きながら、ご機嫌なステップを踏んでいく。一発でも当たれば致命傷となるのにひどく面白そうだった。
だが楽しい時間は終わりを告げようとしていた。
前方にはもう道がない。城は切り立った崖に建てられており、城壁の途切れた先には暗い森だけが広がっている。完全に誘導される形となった。
背後からは津波のような喚声が迫ってくる。勝ち誇っているように聞こえるのは幻聴ではないだろう。逃げ場などどこにもない。
だというのに影は止まらない。むしろ速度を上げていく。驚愕に染まる者たちを尻目に迷うことなく城壁から飛び降りた。
時間が止まったような静寂。柔らかな浮遊感に包まれたかと思うと、身を切り裂くような風が襲ってきた。銃声はもう届かない。影はどこまでも落下していき、黒き森に吸い込まれていくのだった。
薄ら寒い森を止まることなく進んでいく。先程の狂騒が嘘のように静かだ。獣の息吹すら感じられない樹海だが、男にしか見えない道がある。
予め脱出ルートを用意しており、飛び降りても大丈夫なよう準備を整えていた。おかげで身体には傷一つない。
祭りは終わってしまったが高揚感は消えていない。ウキウキしながら懐から袋を取り出す。戦利品をじっくりと眺めたかった。
「そこまでだ!」
闇を切り裂く高い声が森を揺らす。太陽が落ちてきたような輝きに満ちており、暗闇を全て吹き飛ばしてしまいそうな熱量だ。
「覚悟しろ! 今日こそ絶対に貴様を逮捕する!」
もちろん魔法のように忽然と現れたのではない。予め逃走ルートを計算し、ここに張っていたのだ。
しかしこのルートを自分以外にも導き出すとは思わなかった。普通はこんなところを通ろうは思わないからだ。実際に他の人間の気配は感じられない。上層部へ進言しても信じてもらえなかったのだろう。
恐らくは女性だろうが食って掛からんばかりに圧を放ち続けている。どうやら退く気など微塵もなさそうだ。あれだけの銃弾を掻い潜り、強固な警備を突破した自分をたった一人で捕まえようとしている。
どうやら祭りはまだまだ続くようだ。男は静かに笑みを浮かべながら、ゆっくりと振り返った。
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