第11話「日曜日の朝」

 翌朝、瀧本は自室の前に立ち、コンコンとドアをノックする。

 この日もソファーで眠っていた彼は、眠たそうな猫背で扉の前に立つ。


「入りますよ」


 ゆっくりと瀧本はドアを開ける。

 まだアシュリーはぐっすりと眠ったままだ。

 すう、すう、と穏やかに寝息を立てる彼女を眺め、瀧本は口角を上げた。


 本当に綺麗な人だ。

 同じ人間とは思えないくらいの美貌を持っている。


 すると、彼女はゆっくりと目を醒まし、ぼやけた眼で瀧本を見つめた。


「おはようございます…………」


 半睡半醒のたどたどしい喋り方が、アシュリーのあどけなさを演出した。

 おはようございます、と返事をする瀧本の顔は少し赤かった。

 が、それもすぐに元に戻り、平常を装う。


「大丈夫でしたか? お酒」

「はい。ですが、あまり飲みたくはないですね」

「あはは、ごめんなさい」


 着替えます、と言って彼女は昨日買ったもう一着の服を買い物袋から取り出した。

 瀧本は部屋を出て、さっそく朝食の準備に取りかかる。

 と言っても、昨日と全く同じだ。

 食パンをトースターで焼き、出来上がったものにバターを塗ってハチミツをかける。

 昨日と違う点を挙げるとするならば、今日はコーヒーではなく牛乳だ。


「お待たせしました」


 アシュリーがリビングにやってくる。

 よそ行きの格好と言うこともあって、質素な部屋には似つかわしくないくらいの美がそこに点在していた。

 室内用のラフな格好でも買っておけばよかった、と少しだけ後悔しながら瀧本はアシュリーに座るように促す。


「ごめんなさい、今日もこんなものしか用意できなかったけれど」

「いえ、お構いなく。私は居候させてもらっている身ですから」


 ふふ、と軽く頬笑み、彼女はトーストに齧りつく。

 目の前のアシュリーと一緒に食事をしていると、なんだか彼女が今までも一緒にいたかのような錯覚に陥ってしまう。

 それくらい、アシュリーがこの家にいることがしっくり来てしまう。

 恰好は煌びやかではあるけれど。


 とはいえ、まだアシュリーについて知らないことの方が多い。

 なんせ、あまり自分のことを話してくれないのだ。

 現在わかっていることは名前のみで、他の情報を聞きだそうとしても彼女は答えてくれない。


 推測できることとして、アシュリーはかなりの箱入り娘である可能性が高い。

 一般常識はあるものの、日常生活で使用するもののほとんどを知らない。

 これは幼少期からずっと同じ部屋で過ごしていたから、そうなってしまっているのではないか?


 ……考えすぎだな、そんなことあるはずもない。


 自分の想像に馬鹿馬鹿しくなって、瀧本はテレビを付けた。

 気を紛らわすためでもあったが、アシュリーの捜索願などがテレビで伝えられないかと心配になったからでもある。

 日曜日の朝なので、この時間のテレビは子供向けのヒーロー番組を放送していた。

 子供の頃はよくヒーローに憧れてたなあ、なんて思いを過去に馳せながら、裏番組のニュースにチャンネルを回す。


「絵が動いた…………」


 アシュリーはテレビに映るニュースキャスターに釘付けになっていた。

 パンを食べる手が完全に硬直している。

 まるで魔法で石像に変えられてしまったかのようだ。


 彼女の言葉を察するに、どうやらテレビそのものを知らないらしい。

 今のご時世、若者のテレビ離れとよく耳にするが、さすがにテレビの存在そのものを知らない人などこの世界にまだいないだろう。

 謎は深まっていくばかりだ。


 アシュリーは興味津々の様子で画面を覗き込む。

 21世紀にもなって、テレビを知らないという、そんな様子が時代錯誤で少し可笑しい。

 思わずクスリと瀧本は吹き出してしまった。


「どうして笑うんですか?」

「いいや、なんでもない」


 でも笑いを堪えることができず、耐えてはいるのだがクスクスと漏れてしまう。

 その度にアシュリーから怒られた。

 怒る、というよりも拗ねられた。


 朝食を終え、瀧本はノートパソコンと対峙する。

 最初はテレビと同じで興味津々の様子だったが、瀧本が操作すると、次第に興味はまたテレビの方に戻っていった。


 アシュリーは相変わらずテレビと睨めっこしていて、その様子が幼い子供のように可愛らしい。

 こんな風に純粋な反応をされると、やはり少しからかってしまいたくなるものだ。

 瀧本はリモコンを使い、適当にチャンネルを変えてみた。

 予想通りアシュリーは目を丸くして画面を見つめる。


「これはこうやってチャンネルを変えるんだ」


 どうせ操作方法もしらないだろうから、瀧本はリモコンをアシュリーに渡し、手取り足取り使い方を説明する。

 なんでテレビを知らないのだろう、という疑問よりも。彼女の純粋さに心を捕らわれていた。


 しかし当たり前であることをそうでない人に教えるのは難しい。

 当然の知識として使っている言葉を使えないのは、少々苛立たしいところがある。


 そんな瀧本の苦労などいざ知らず、アシュリーはリモコンとテレビの画面を見ながら目をキラキラと輝かせていた。


「魔法みたいですね」

「魔法?」

「はい。 このリモコンが魔法の杖みたいで」


 なるほど、そういう表現もあるのか、なんて思いながら、無邪気にはしゃぐアシュリーを見守りながら、再びPCとにらめっこする。

 とはいえ急ぐ用事など何もないのだけど。

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